ゴーンがGONE! 【日産自動車を、東京裁判から考える】7名の役員は、みな辞職せよ!

Japan Broadcasting . net Corporation CEO 谷山雄二朗

悪代官キツネのような目つきをしたレバノン人の男。

カルロス・ゴーン氏を最初に見たときの印象だ。20年ちかくなるだろう。そしてついに、同氏がキツネならぬ狸であったことが判明しつつある。前の奥さんとの離婚訴訟の費用や、私的な経費を、NISSANのクルマの売り上げから払ったとの疑惑が報道されているが、それなりの理由があって逮捕されたのだろう。

また、「虚偽記載」があったとのことだが、いくら今の日産経営陣が破邪顕正を標榜し「内部告発」しようとも、ゴーン氏のここ数年の役員報酬額の虚偽記載を許してきたのは、どこの誰なのか。その点を考えれば、記者会見したトップの西川氏を含め役人たち全員がグルに思えてならない。腐ったリンゴのような企業体質がのこる悪徳カンパニーであることは、否定するにもしようがなかろう。内部告発には、内部の権力争いが絡んでいることが多々あるが、西川氏を含むすべて9名の役員が「悪代官」だとおもってまちがいない。少なくとも、わたしはそう考える者である。

よってカルロストシキ(80年代の日系ブラジル人歌手)ならぬカルロス・ゴーン氏が今後、会長として解任されるのであれば、一気に膿を出すためにもすべての役員、つまり「ゴーン、西川廣人、Greg Kelly、坂本秀行、ベルナール・レイ、井原慶子、志賀俊之、ジャン・トゥザンそして豊田章男ならぬ豊田正和」氏ら9名全員が辞めるべきではないか。解任されるであろう2名以外が、全員辞職すればNISSANは、もっとベターな会社として生まれ変われるはずだ。

今回の逮捕で、とばっちりを食らっているのは、まじめに働いてきた社員たち。

5年間で99億8000万円を受け取るのはレバノン人経営者の自由だが、そんなモンスター高給を受け取っているなら自分の離婚にかかったお金ぐらい自分で払えよ、といいたくなる(実際に私的流用していたならば)。ルノーの大株主であるフランスのマコン政権が、同社を通じて日産をコントロールせんと水面下で動いているとの指摘も、十分に考えられる。1999年に36.8%に相当する8,000億円の出資をルノーから受け首の皮一枚で倒産を免れたNISSANだが、その比率は今や43.4%。この出資比率では、パリに乗っ取られるのも時間の問題かもしれない。半独立国家であるJapanと同じく、横浜に本社を置く会社も半独立状態にあるのだ。

ヒットラーはかつてパリを傘下におさめたが、その後者がNISSANを傘下におさめてから来年でちょうど20年。生まれ変わるには、ビッグなチャンス。日産がルノー株を10%買い足して25%まで保有すれば、わが国の法律ではパリ(ルノーのこと)の日産に対する議決権は消滅するとのことなので、今の経営陣はそれを最後の仕事にして年内いっぱいで退陣すべきである。

日本を代表するCar makerとして、腹を切るときは阿南惟幾日本軍陸軍大将のようにキル。そうした潔さを、残り7名全員の日産自動車の役員(ゴーンとケリーは逮捕・解任)にもってほしいものである。思えば、1946年から48年まで続いた東京裁判も「世紀の茶番劇」として今や国際司法の関係者の間でも記憶されているが、絞首刑により桜の花びらのごとく散ったのも実に7名であった。中には広田弘毅のように軍人ではなく、明らかに濡れ衣を着せられて13段のステップを登らされた不運の武士もいた。日産の役員7名の中にも、おそらく「わたしは辞める必要がない」と自己正当化する者もいよう。ただ、NISSANという名のJapanの「牽引車」を、レノヴェートするためにはゴーンやケリーといった脳腫瘍を取り除くだけでなく、大規模な外科手術が必須ではないだろうか。

いくら茶番劇だったにせよ、戦後Japanがあの7名の死とともに歴史の新たなページを開いたことは揺るぎない事実である。だからこそこの際、Nissanの7名もゴーンらの不正を許した連帯責任を取り、潔く巣鴨プリズンに向かうべきだと考えるのは早合点すぎるだろうか。

1933年に鮎川義介が設立し、2017年にはパリなど欧州市場で過去最高の76万2574台もの新車を販売した日産自動車。横浜にある建物は「グローバル本社」なるネーミングだそうだが、米中経済・企業に負けない真のGlobal Companyに脱皮するためにも、現経営陣は切腹するべきである。風通しの良い会社に生まれ変わるにちがいない。どうせこれまで数千万円もらっていい思いしてきたビールっ腹のおやじ連中であろうから、退職金などなくてもマレーシアで老後ゴルフ三昧の日々をエンジョイできるでしょう。

国家も、会社もそうやって世代交代していくんです。

あ、ちなみにもちろんご切腹の際の介錯は谷山雄二朗某におまかせくださいまし、旦那。99億円どころか、無給でやりまっせ、へえ。

Ghosn with the wind! (風と共に去りぬ 「ゴーン ウィズ ザ ウィンド)

Farcical South Korean court should order “Pohang Steel” to pay, not the Nippon Steel. Here’s why | Wartime reparations featuring Lee San

Yujiro Samurai Taniyama, CEO, Japan Broadcasting .net Inc

Lee San”, a Korean classic soap drama based on one the life of one of the exuberant kings of the Chosun dynasty is truly brilliant. It was produced about a decade ago and is now re-broadcast in Japan, and I’m a huge fan. Seong-yun is prettier than Taylor Swift by far too. And yes, the Korean invasion of K-pop and TV shows is so conspicuous in Tokyo and the popularity is still on the rise.

Nevertheless at the same time, the majority of the Japanese today share the feeling that the so called ‘anti-Nippon hysteria’ among the Korean judges under the influence of ultra-left Mun government is by far erratic and incompatible. I too feel that the so called the sense of ‘Victimhood’ pretty often goes just too far in Seoul, especially the liberal media.

Let me please explain.

On October 30, 2018, Seoul’s Supreme Court ordered the Japanese steelmaker ‘Nippon Steel’ to pay compensation of $88,000 to four Koreans ‘forced to work’ during the last war. This ruling is not only preposterous but baseless, as even the ultra leftist Chicago University Professor Bruce Cummings even argues; “The 1965 Japan-Korea treaty did wonders for the Korean economy, but the settlement remains controversial today because it ended the possibility of future claims against Japan”, also adding that South Korea received from Nippon a direct grant of $300 million and loans of $200 million in 1965 dollars, and private firms put in another $300 million in investment. This was at a time when Korea’s total exports were $200 million.

The sum was actually a huge chunk of money for Tokyo, which took full 18 years to pay off according to the former Tokyo Christian University Professor Nishioka Ricky. Well that’s what he told me when I once interviewed him. Let me also underscore the fact that the Korean President at the time Pak Chong Hee (the father of the now incarcerated former President Pak Geun hye) officially signed an agreement with Tokyo in 1965 that the Seoul government will take full responsibility of providing the Korean individuals with the ‘wartime reparation money’ from the direct grant of $300 million mentioned above, exonerating Tokyo from the need to compensate to Koreans one on one personally. And that explains why Chicago University Professor Cummings acknowledges that ‘the treaty ended the possibility of future claims against Japan’. Period.

However what’s ironic here is that the military strongman Pak Chong hee hardly paid money to his own people, but instead used Japan’s super big 1965 reparation money to boost its own economy investing and setting up Pohang steel company (now called POSCO, one of the giants in steel industry that even owns a professional soccer team) in his hometown. And that’s exactly why Cummings even argues Japan’s money ‘did wonders for the Korean economy’.

So the October 2018 ruling by the Seoul Supreme Court is nothing but an unfathomable farce, suddenly ordering the Nippon Steel to pay some inexplicable money, violating not only the bilateral treaty between the two governments but also defying the very basics of international law and agreements. Such a double-dealing, crooked behavior by the ultra liberal judges (under the pro-North Korean Mun administration) will only humiliate the good-hearted ordinary Korean people, not empower them.

Ludicrous as this whole ruling is, if any ‘steel company’ were to pay it would obviously be the Pohang Steel of course, not the Nippon steel.

The former king of Chosun, Lee San is hailed today as a rational, ethical leader that had lucid thoughts. And I cannot help but ponder that this once a great man now must be weeping up in heaven, for the utterly irrational demeanor by his disingenuous predecessors.

Speech by Megumi’s MOM | 横田めぐみさんママの声を、今こそ金正恩に届ける時

「拉致問題と言われていますが、これは本当は’問題’ではなくて事件なんです。何の罪のない人が突然他国にさらわれていくのですから」

横田早紀江さんの言葉だ。ぼくは先日、拉致を解決するための集会に参加した。200名ほどでいっぱいになる川崎市平和記念館が会場だ。最前列ど真ん中の席を確保し、2時のスタート前には座席は埋め尽くされた。ただ、その光景をみた第一印象は、高齢者が大半を占めているということに尽きる。時間とお金があるのは、たしかに年配の人たちだからといえばそれまでだが、10代、20代ミレニアム世代がぶいぶい言わせている米国トランプの集会などに比べると、その「大人しさ」と「グランパ感」には正直圧倒された。というか、見渡す限り10代はおろか二十歳前後の男女を見出すのは、トムクルーズのMission Impossibleに近いものがあった。

 

https://youtu.be/92_bDV0Wa00

1977年11月15日、新潟の海岸そばで北朝鮮に拉致された横田めぐみさんは、当時13歳のバトミントン少女だった。先週の10月5日に54歳の誕生日を迎えられたことを考えると、時が経つのは実に早い。早紀江さんたち拉致被害者の家族をサポートしている「あさがおの会」のお姉さんたちは、まるで女子高生の如きストレンスを醸し出しており心強かったが、とはいえ全体的にもっともっと学生たちに「拉致事件」を広めていく必要があるのではないか。それが率直な思いだ。

ブロガー谷山雄二朗、今回はその場で見たもの感じたものをストレートに読者に伝えることにする。一人でも多くの日本人とシェアすべきだと考えるからに他ならない。

午後2時の開演直前、横田早紀江さんがご入場された。ぼくの斜め前の関係者席に座られたが、インターネットやその他メディアでご拝見するよりも御年齢を感じさせられた。1977年の今頃、突然「行方不明」になった愛娘を探すこと今年で41年。その塗炭の苦しみおよびストレスは、到底我々の想像を絶する次元でないわけがない。今回アップロードしたショート・ヴィデオを見ればわかるように、早紀江さんは若い頃からそれは大変美しい方であった。しかしながら読者もご存知のように、ここ四十一年間はめぐみさんを救出すべく戦ってこられた。1997年になるまで、即ち「北朝鮮の国家犯罪だった」ことが判明するまでじつに20年もかかったこの「事件」を考えれば、Japanという列島が果たして本当に国家の体をなしているのか疑わしいと言わざるを得ない。そしてそれを最も痛感されているのもまた、横田滋さん、早紀江さん、拓也さんたちをはじめとする拉致被害者のご家族の方々に違いない。

いずれにせよ、ぼくが初めて肉眼でみた早紀江さん(馴れ馴れしく聞こえるかもしれないが、これが一番自然なのでそう呼ばせていただきます)は、実に美しい方であった。頭髪は雲の色になられ、お顔には無数のラインが刻まれている。その背中はじつに小さく、繊細だ。しかしながらぼくはそこにとてつもない美と滴り落ちるかのような気品及び剛健さをも肌で感じたのはなぜだろう。

確か五木寛之がなんらかの連載コラムで「金、金、金の世の中だ」と書いていたが、残念ながらぼくはそれを否定できるほどの立派な人間ではない。しかし横田早紀江さん、飯塚耕一郎さん、蓮池透さん、曽我ひとみさんたち拉致被害者家族の方々が戦ってきたこの「事件」は、決してお金では解決できない性質のものだ。何百万、何千万、何億円を積んでも愛する家族を取り戻すことはこれぞMission Impossible(MI)。その「解決策のない」血の滲むような苦悩と気の遠くなるような40年もの間(来年で42年目になる)体を張って猛進してこられた早紀江さんのその後ろ姿に、ぼくは地球より大きいものを感じたのかもしれない。そして自分の小ささも。

やがてめぐみさんの弟の拓也さんが会場に現れ、それに続き菅義偉官房長官が入り、早紀江さんの隣に座った。ぼくは今から五年ほど前、偶然東京駅新幹線ホームで同氏とすれ違って以来、勝手に同氏に親近感を抱いているが、最近「拉致担当大臣」なる新ポストを兼任することになったという。とはいえ、国は、政府はこれまで北朝鮮に取り残されている同胞たちを事実上見殺しにしてきた。これは何も菅さん一人に責任を押し付ける訳ではないものの、2002年の小泉訪朝でわずか5名の日本人が救出されただけで、この16年間何もできないできたことを考えると、我々一般の国民は決して政府への厳しい視線を切らしてはなるまい。だいいち、国民も国境も守れずしてなんのための国会議員か。化粧するだけが才能の三原じゅん子さんのような ‘fake politicians’ が、この国は単純に多すぎるのだ。そして何と言っても無能で、無気力で無思考の世襲議員の圧倒的数的優位が、横田めぐみさんたち同胞の救出にこの41年間障害物として作用してきたことを、いったい誰が否定できよう。アメリカ合衆国のダイナミズムは、その「世襲の欠如」からうまれている。せいぜいブッシュ親子ぐらいだ。その点、ぼくは菅義偉というマーヴェリックなポリティシャン(少なくともその親類に元首相はいない)に、密かに期待している。

川崎の福田市長が、オープニング挨拶をした。最初はテニスの松岡修造かと思ったが、「私はこの集会は毎年これが最後であることを願っています。北朝鮮から全員が帰国すれば、もう開く必要がありません」と、じつに心に染みる言葉をマイクに吹き込んだ。そうだ、その通りだ。横田ご夫妻は、長年川崎に住んでこられたということもあり、市のバックアップ、そしてご近所のみなさんの支援体制も目にみはるものがある。1990年代の終わりごろだったと思うが、JR川崎駅前のビルの一室で「横田めぐみさん写真展」が行われ足を運んだことがあった。あの時も、川崎市主催か後援だったと記憶している。今年の春、新宿駅の地下通路でめぐみさんの写真展示ディスプレーに行った時も、あさがおの会がフルサポートしていた。カネ、カネ

カネの現代において純粋に凄い人たちだと言わざるを得ない。武士だ。

菅さんが登壇した。そのスピーチの一部は、ニュースでも大きく報道されたのでここで述べるまでもない。「今が正念場」とのニュアンスを感じたが、軍備なき外交を標榜する我が国の政府に過度に期待しては到底なるまい。相手が狡猾極まりない北朝鮮であるならば尚更だ。どうであれ、この神奈川肉ならぬ神奈川二区(勝手に変換されてしまった、神奈川ビーフ)の官房長官からは誠意が伝わってきた。ぼくに欠けているものだけに、大いに勉強になった。とはいえ、そのSincerityだけでは横田めぐみさんたちは帰ってこないのも事実だ。

金正恩に語りかけた横田早紀江さん

そして早紀江さんがご登壇された。そのお姿をニュースで拝見した読者もいるだろうが、数秒間の映像を切り取って編集後に番組で使われるため全体像を掴めないのがいけない。だからこそ、今回、Team JBとともに作ったショート・ヴィデオはフルにアップロードさせていただいた。

結論からいえば、すべての日本人が横田めぐみさんのお母さんの言葉に耳を傾けるべきだとの一点に尽きる。これまでこれといった支援活動をしてこなかった身としては、偉そうに言える立場にないのは毛頭承知している。そこは反省材料だが、率直な話これまでぼくはどうすればめぐみさんたちの救出に関われるのか、まったく見当がつかなかったのだ。自分に一体何ができるのかわからかなったのだ。いや、現時点でも確信をもっているわけではない。おそらく大半の読者も同じではないだろうか。単なる狼少年の遠吠えというか、言い訳にすぎないといえばそれまでだが、それが偽らざる素直な気持ちだ。そしてそれは同時に、ぼくが「逃げてきた」ことの同義語ともいえる。横田滋さんや早紀江さんたちが戦っていたとき、ぼくは逃げていたのだ。ただおこがましく言わせていただくのならば、いや、ぼくも、あなたも自民党議員も誰もかれもが放置していたわけだ。その間、早紀江さんの美しい髪のカラーは変化し、曽我ひとみさんの夫は天国に召された。

うまくは決して言えない。ただ言えることは、今までのぼくは間違っていたということだ。お調子者のトランプさんと、肥満児のキムさんがシンガポールで会談した今、どんな手段を取ろうとも、いかなる道を外れたマキアヴェリズムに徹しようともわれわれは日本人として同じ日本人を助けるべきではないか。巨人の次期監督がHARAさんになろうとも、EGAWAさんになろうともどうでもいいことだ。ただ、金正恩さんが自分の祖父および父親の代に行われた国家犯罪に対し真摯に向き合い、それを償う気持ちが1mgでもあれば、それはこれまでのMIが、インポッシブルならぬ “Mission Possible” 即ち拉致被害者救出というこれまで考えられなかった筋書きへと180度転換しうるということに他ならない。

早紀江さんはスピーチのなかで、北朝鮮の三代目に真摯に語りかけられた。思えば被害者のご家族たちは、金日成、金正日そして金正恩と三代の最高権力者たちと戦ってきたとてつもない侍たちだ。誇り高き日本人だ。ただもう時間がない。横田滋さんは、胃ろうをされていると少し前に新聞で読んだ。やはり「今」が勝負だ、1秒1秒が。

室町時代の15世紀から16世紀さらには朱印船貿易が行われた頃、我が国の祖先たちは中国王朝、朝鮮そして東南アジア諸国に日本刀を売って外貨を稼いだ。他に類を見ないほど「キレた」からだ。それでは、この21世紀の刀とは何か。情けなくも憲法により軍事力に制約がかけられたままの今、それは日本海のはるか向こうに片手を伸ばし故郷の大地をもう一度踏みたいとの一心で助けをまっている人々を想う力、Imaginationではないだろうか。アインシュタインはかつていった。

Imagination is more important than knowledge.

今こそ日本刀を帯刀しようではないか。

自民党首選は、時代遅れである 【谷山雄二朗】

それにしても、異様な’選挙’である。

日本の最高権力者を決めるイヴェントなのに、国民が参加できないのだから。蘇我氏と物部氏ならぬ安倍氏と石破氏の対決という構図ながら、盛り上がりはゼロに近い。一方的に盛り上がっているのは、時間とお金に余裕のある高齢者と旧態依然のマスコミだけだ。ほとんどの国民は無関心だし、トランプを生んだ2016年アメリカ大統領選挙に比べたら、恐ろしくショボい。

だが、果たしてこの低落でいいのか。

形骸化している「自民党首選」の実態は、その日程をみれば一目瞭然。今回は9月10日にスタートし、20日に投票だから選挙期間はたった9日しかない。茶番そのものではないか。予備選を含めると一年以上続く米大統領選と比べれば、その異常さが浮き彫りになる。

9月18日に発表されたNHK世論調査では、安倍内閣の支持率はわずか42%。内閣でこのレヴェルということは、森友・加計スキャンダルもあり安倍氏個人の支持率となればその半分以下かもしれない。つまり日本の総理大臣をアメリカや韓国のように大統領制即ち国民の直接投票で行った場合、安倍晋三ではなく橋下徹と書く人のほうが圧倒的に多数を占めるにちがいない。

ところが、そうした国民の声は我が国の政治にはまったく反映されない。

「日本は大統領制じゃないから」は、言い訳になり得ない。「政治的空白を作らないため選挙は短く」というのは詭弁にしか聞こえない。立憲君主制のわが国では、最大与党の党首が総理大臣になることが「常識」とされる。米国のそれとシステム上単純比較できないことは確かだが、世界第3位の経済大国のトップが、わずか九日間の形式だけの党首選をやることにどれほど意味があるのか。今回の党首選を異常と感じているのは、果たしてぼくだけなのだろうか。

1890年に第一回帝国議会が開かれて以来、日本の首相選出システムは一度も変わっていない。こちらの方が異常ではないか。ラーメン二郎の味でさえ微妙に変化するように、時代とともにCHANGEすべきは変える。それぞ正常な姿だ。

石破氏が立候補したことは、良いことだ。無投票で現職が再選されることほど、人畜有害な茶番はないから。しかしながら、前述した通りわずか九日間でしかも二、三回しか本格的な公開討論をしない訳だから、結局は自民党の自民党による自民党のための選挙以外の何物でもない。国民は関係ない。

これを政治の私物化という。

勝ち馬に乗れ!と打算深い連中は、与党、メディア関係者揃って安倍支持に傾いているが驚くに値しない。

「森友問題に関係した財務省の役人は、自害した。一人の人間が死んだことは事実であり、そこは誠意をもって真相解明せねばならない」といった類の発言を石破氏はある討論会で述べた。最もなことだ。さまざまな世論調査の結果を見る限り、安倍氏が十分に説明責任を果たしたと考えている国民はほとんどいない。しかしその翌日の産経新聞は、ぼくが読んだ限りでは上の石破氏の発言を掲載していなかった。それが忖度によるものなのかどうかは知らないが、同新聞に期待している者の一人としては首を傾げざるを得ない。

なにせ天下のJAPANの指導者を決める選挙だ。少なくとも情報はすべて100%国民にオープンにすべきだと考える。判断材料として、公開ディベートも少なくとも10回は行ってほしい。

ところが、今の日本の時代遅れの立憲君主制システムがそれを許さない。よって安倍氏も石破氏もいったい「日本をどのような国にしたいのか」という明確なヴィジョンを国民に分かる形でまったく説明し得ていない。GDPがどれだけ増えたとか、訪日観光客がどれだけ増えたとか役所があげる数字を列挙しているにすぎない。

これを、政治的茶番という。

ちなみに、ぼくはなにも anti 安倍でもpro 石破でもない。Japanが強い、素晴らしい国になってほしいだけだ。ただ、どう考えても今の「自民党の自民党による自民党のための党首選」のシステムは、この国を腐敗させると考える。立憲民主制の根本を問うものだが、果たしてなんとかならないものか。

ドナルド・トランプは、ヒラリーに “loose cannon”と揶揄されたほど予測不能かつ朝令暮改の男だが、少なくとも彼は前回の大統領選挙予備選ではブッシュ弟を撃沈し、フロリダ州のルビオを迎撃し、テキサス州のクルーズを破壊し、最後はビル・クリントン(ビルクリ)の妻を葬った。言葉によって、である。公開討論の場で、である。そこにトランプの凄さがある。米国民は今もなお割れているとされるが、この事実だけはどの民主党支持者でも否定できない。

翻って日本はどうか。

時間ない、討論ない、ヴィジョンない。そして最悪なことに国民不在。だいいち、われわれ一人一人の胸に迫ってくる言葉がない。

これで安倍氏が明日、勝利したところでいったいどんな意味があるのだろうか。日本の国土は、米国のわずか25分の1にすぎない。さらに公開討論の時間は、計算した訳ではないが米大統領選に比べて100分の1程度だろう。つまり、それだけ日本の政治家には言葉が不要だということだ。言葉がない政治とは、いったい何なのか。世襲ビジネスだ。そうか、結局のところ日本は立憲君主制どころか実は単なる世襲制なのではないか。今日の夕方5時半に、秋葉原で街頭スピーチを行ったのは、岸信介元総理大臣の孫で安倍晋太郎外相の息子だった。「批判だけしていてもなにも生み出すことはできない。私たちは無駄な批判はしない」と、クレヨンしんちゃんならぬ安倍の晋ちゃんは石破氏を暗に揶揄したが、現職の首相としてはあまりに器の小さを露呈する発言であった。

人間、批判精神を失ったらお終いである。

前の戦争は、それを忘れ盲従した日本人が要職を占めていたからこそ起きたのではなかったか。ちなみに岸信介の孫の隣りで応援歌を歌ったのは、吉田茂の孫であった。

ちょうどその頃、石破候補はハチ公前で犬のように吠えていた。

「真実を語らない政治家は、国民を信じていないのだと思う。国民を信じていない政治家が、国民から信用されるはずがない」と、安倍候補を批判した。隣りで応援歌を熱唱したのは、中谷貞頼元衆議院議員の孫だった。

また、数日前にあるTV局の「両候補出演番組」をみたが、「アベノミクスを採点すれば、何点ですか」との問いに対し、当の安倍氏は74点をつけた。数字はともかくとして、その表情は随時緩みっぱなしだったのが一番印象に残った。その緊張感および迫力のなさは、米国だったら予備選の段階で脱落するレヴェルに思えた。あえて言っておくが、ぼくは何も石破氏が首相にふさわしいと強調しているのではない。また、安倍氏が10年ほどまえに書いた「美しい国へ」が、かつて心の琴線に触れたことも正直に告白しておきたい。

ところが、だ。今の同氏に、ある種の驕りが感じられるのはなぜだろう。

安倍でなければトランプは説得できない、とかプーチンとの大きな信頼関係を構築した、と安倍応援団らはよく強調するが、いくらゴルフは一緒に回ってもトランプのスチール25%、アルミニウム10%の対日関税発動を抑えることはできなかったし、それに対して報復措置はおろか抗議一つ出来なかった。プーチンに至っては去年末は三時間ほど会談予定地で待ちぼうけをくらい、先週のサミットにいたっては「北方領土抜きの平和条約はどうだろう」を逆提案される始末。軽視されているといっても過言ではない。

かといって、繰り返すがなにも吉田茂、いや石破茂が総理大臣にふさわしいと言っているわけではない。ただ、慰安婦‘合意’一つとってもその場凌ぎとしか考えられない短期的な視野の’政策’ないしは’失策’も多々あるということだ。読者もご存知のとおり、慰安婦においては「結果」が出ているとは到底言い難い。

ぼくがここで強調したいことは、知識人ないしは指導者とされる人々の言葉を、もっともっと疑えということだ。江戸時代260年で権力に飼いならされすぎた日本人は、「お上」という言葉があるように権力者に対し抵抗力がなさすぎる。前回、安倍氏に対し対抗馬が一人も出なかったことも、同党内がいかに去勢された羊の群れかがうかがい知れる。

日本国民は、今こそ批判精神を再確認すると同時にどんな権力でも長期化すると腐敗するということを肝に銘じておくべきではないか。

18才の女子選手が告発した体操界でも、チンピラがトップにいたボクシング界でも、ハゲのおっさんが牛耳っていたというレスリング界でもどこでも長期政権は必ずといっていいほど堕落することを歴史は証明している。

政界が例外であるはずがない。

明日の結果がどうなろうとも、ぼくが先日みた安倍晋三首相の糸の切れたタコのような緩みっぱなしの顔は、日本を牽引する者とは思えなかった。吉田松陰や高杉晋作を彷彿させる目の輝きなど微塵もなかった。政権に安住し、既得権益固めに走り、権力のための権力に酔いしれる新橋ガード下の中年にしか見えなかった。以前の安倍氏の目には、もっと刺すような鋭さがあったことは言うまでもない。

数がすべてが政界の論理といえばそれまでだが、そうした打算的かつ保身しか考えない連中が増えると、日本はますます劣化していく。

最後にいう。

やはり「自民党首選」即ち日本の立憲君主制は、時代遅れである。

事実上の世襲制だからだ。世界広しといえども、古今東西この国ほど世襲の溜まり場と化している政界はいない。群馬の美しいおばさんこと小渕優子氏を初の女性首相に、と真剣に考えているめでたい高齢者が未だに少なくないそうだが、そうしたアイデアが浮上すること自体、日本は極めて重症である。

憲法改正の国民投票以前に、総理大臣を国民が直接選べるシステムの導入こそが、21世紀日本をより強く面白い国にするとぼくは考える者である。

1 reason why Shohei Otani is beautiful

Yujiro Taniyama. Editor in Chief – Japan Broadcasting.net net Inc

SHOTIME Otani san has done it again.

Today, his team the Los Angeles Angels (LAA) crushed White Sox 5-2, thanks to the three-run homer by the Japanese two-way star.

As I was watching the game, suddenly one thought popped up on my mind.

“Why is this guy so damn beautiful?”

If you follow MLB, I know that I’m not the only one with that question.

There’s absolutely no denying the fact that Otani is a pure classic in the world of baseball – he can pitch, and he can bat. He smashed his 19th homer today, a record breaker as a Japanese rookie in MLB.

We all know that this “Babe Ruth of the 21st century” will make history.

But what fascinates me the most is the fact that he can be distinguished from the rest of the MLB players in a remarkable way.

That’s right, OTANI SAN never spits.

When 99% of the American major league players spit out their dirty salivas from their mouth every five seconds, Otani never does. Spitting is so pervasive in MLB that I find it disgusting. It contaminates the ball park. Houston Astros’ Altuve spit out his saliva every two seconds even when he is in the bench.

The American public don’t seem to care less about it, but one thing is crystal clear – ITs NOT CLEAN. Both sanitary-wise and visually.

MLB guys may think this “spitting” is cool (that explains why so many does it), but in Japanese professional baseball you would hardly see any player doing it. Yu Darvish never spat out his saliva when he was in Nippon Ham Fighters, but as soon as he started to play for the Texas Rangers he was brainwashed and became a “spitter”.

Shohei Otani doesn’t follow suit.

I have never seen him spit on the ball park. Have you!? I don’t think so.

Not only does this simple fact make him an exemplary ball player, but a beautiful one.

The Japanese are probably the most ‘cleanest’ race in the face of the planet. Some girls take bath 5 times a day on weekends – in the morning, after the morning run, after lunch, after five and before going to bed.

Spitting is generally considered rude and dirty in Japan. So if you go to a public bath or an Onsen for example and see someone spit while washing up their body, the perpetrator always drains away his own saliva with shower or fresh water.

I mean, we all know that it is dirty, with germs.

So it simply strikes me as a pure mystery why the “Ball-park moms” in the U.S are never apoplectic when their kids or those in MLB are spitting around spreading filthy germs here and there. I do not mean to be disparaging to the Americans in any way, but it’s just incomprehensible.

Maybe its like the “Gun rights” in America.

Something that seems pretty unhealthy and ludicrous to my standard, when innocent kids and civilians are victimized in Sandy Hook and Las Vegas every now and then.

Lastly, we’ve got to bear in mind that the American kids who grow up watching MLB end up thinking “spitting germs is cool” by the time they are 18. Not only is it hazardous but also obsolete.

Spitting is like a CO2 emission from a four-wheel vehicle. It’s simply not cool. It’s not beautiful. So if MLB has a long term goal to turn baseball into a “Global thing” like soccer, then I humbly recommend that you find a way to mitigate this ‘unhealthy custom’ before its too late.

ShoTime Otani is beautiful.

Now we all know why!

Otani san for the ‘MLB Rookie of the year 2018’!

Arigato Gozaimass.

障害者雇用の水増し、ラーメン二郎の増しまし

Editor in Chief 谷山雄二朗

 

ラーメン二郎が、好きだ。三田本店と、目黒店がお気に入り。

なんたって本店には、創業者のオヤジさんがいる。その肥えたパグのような人懐っこい笑顔は、カウンター席の客を魅了せずにはいられない。

その日は、雨だった。

ちびまる子ちゃんの漫画本を三冊、古本屋で入手した後にぼくは本店に向かった。夕方の閉店間近だったこともあり、幸運にも行列に並ぶことなくすぐに座れた。

「小ブタ」

のチケットをカウンターの台の上に置いた。

左右を見渡すと、みなスーツを着たサラリーマン風の男たちだった。遅い昼飯か、早めの夕食か単なるおやつ代わりか、それは知らない。

数分後、三十代風の若手のマスター(オヤジさんはこの時間は、なかなかいない)が、一番左側の席から順にお好みトッピング・リクエストを聞き始めた。ラーメン二郎恒例の光景である。野菜、にんにく、濃いめ、油の四種類の希望を出せる。

沢山欲しい場合は、「マシマシ」と言えばよい。

昭和六十一年に出た「ちびまる子ちゃん 第一巻」をリュックにしまい、ぼくはリクエスト体制に入った。

左片隅にいた太った五十代風の油ギッシュな男が、言った。

「障害者マシマシ」

マスターが答える。「へい、何人ほど?」

「125人」

外務省吾というネームプレートを首からぶら下げたその男は、宋の宦官のような小さな声で言った。

「アンタんところは確か、点検前は150名だったね。ってことは、結局25名しか障害者を雇用してなかったってことか」

腹をすかせた外務氏は、媚びるような目で無言を貫いた。激昂したマスターは、チェンマイから最近取り寄せた激辛の青唐辛子125本分のエキスをチャーシューの裏に密かに混入した。

 

その隣りの男は、環境省吾という名前らしかった。少なくとも、ネームプレートにはそう書いてある。

「え〜っと、障害者マシマシ」

マスターが頷く。「どれくらいで」

「31名」

「アンタんところは、点検前は46名だったね。ってことは、結局15名しか障害者を雇ってなかったってことか」

タイ産青唐辛子31本分の透明エキスが、密かにチャーシューの下に混入されカウンター越しに出された。

 

その隣の客は、文科省子という名前だった。

最初は男だと思ったが、女のようだ。よくよく見ると、ヒゲが生えていないし、第一にのどちんこがない。

「私も、障害者マシマシで」

「へい、どれほどで」

「35名でお願いします」

「アンタんところは、確か先週は51名だったね。ってことは、結局16名しか車椅子の人材を雇ってなかったってことか」

文科省子は、アラフィフ風ながら髪はポニーテールにチェック柄ミニスカートという苦しすぎるセルフ・プロデュースに徹していた。マスターは苦笑いしながらも、容赦なく青唐辛子ペキヌンを35本瞬時におろし、それをチャーシューの裏に入れた。

 

ちなみにこの「ペキヌン」には、CIAとジェームズ・ボンドのMi6が共同開発した超特殊加工が施されており、食後60分後にその地獄の辛さが体内に広がり始めるという、恐ろしい生物兵器なのだった。マスターは、TBSの水戸黄門を3才の頃からこよなく愛していたため、社会正義のためには少々荒治療が必要だと考えていたのである。

確かに、よく見ると両脇でアシスタントを務める二人は、スケさんとカクさんクリソツであった。

 

朝から何も食べていなかったぼくは、もうお腹がペコペコだったが、自分の番が回ってくる前にもう一人いた。

そのオッサンは、ビールっ腹でみるからに悪人面をしていた。紳士服の赤山のグレースーツにその痩せ身を包み、決して人と目を合わせなかった。「国税庁二郎」なる名札を首からぶら下げた彼は、ラーメン二郎のなかで最も高額モンスターメニュー「大ダブル」を注文していた。

 

「障害者雇用マシマシ」

コクゼイチョージローは、張った声で言った。

マスターは、50時間煮込んだ豚骨スープを巨大ドンブリに注ぎながら「へい、どれほどで」と答える。

衝撃が店内に走ったのは、すぐその直後のことだった。

「1022名」

数秒間、間があった。

「アンタんところは、確か点検前は1411名だったね。ってことは実際は389名しか障害者を雇用してなかったってことか」

国税庁二郎は、うつむいたままお箸を握りしめている。

「せ、千名以上の水増しだぜ旦那。どう責任をとってくれるんだ、ん?」山口組(分裂前)の大ボスを彷彿させるレーザー視線が、国税氏のブヨブヨの肉体にぶすぶす斬り込んでいく。

いつの間にか、同氏の足元が若干湿っているのが見受けられた。小刻みに震えながらあろうことか彼は失禁していたのである。

ペキヌン1022本分が、巨大チャーシューの裏に秘密裏に練り込まれたことは言うまでもない。天下のラーメン二郎とはいえ、これは人智を超えた辛さというか、肉体の許容量を遥かに超えている。タイ産の青唐辛子というのは、通常小さな一本噛んだだけでも口から火が出るわけで、その火傷症状は1時間は続く。その千倍が、何を意味するかは今更説明するまでもなかろう。

そんなことも知らず、厚顔無恥なペテン師・国税庁二郎は「大ダブル」が出されるやいなや一気にがっついた。下半身垂れ流しのまま。

 

 

「はい、お兄さんどうしますか」

ようやくぼくの出番がやってきた。

「野菜ニンニクましまし、濃いめ」

白い歯を見せながら、マスターは分厚いチャーシュの上にモンスター級のトッピングをのせてくれた。まるで富士山だ!麺も、もやしも、にんにくもすべてコボレそうなくらいの増しまし。

 

ぱくっ。

 

熱い「小ブタ」を頬張る。最初の一口。とろける旨さ。ぼくは隣の男が失禁していることも忘れ、ただただ夢中にラーメンを頬張った。

 

 

食べている間、次の会話が交わされた。

国交省吾「障害者マシマシ604名」。

総務省吾「障害者マシマシ70名」。

財務省五郎「障害者マシマシ170名」。

法務省子「障害者マシマシ540名」。

経産省太郎「障害者マシマシ101名」。

防衛省二「障害者マシマシ315名」。

内閣府子「障害者マシマシ27名」。

農水省吾「障害者マシマシ169名」。

気象庁美「障害者マシマシ57名」。

 

 

この日、ラーメン二郎三田店は創業以来初めてタイ産のペキヌン3460本分を使い切った。

つまり、それだけの障害者雇用が水増しされていたことが判明したのである。この唾棄すべき事態に、マスターは閉店後に食器を水洗いしながら本音を吐き捨てた。何を隠そう、ぼくは食べるのが極端に遅いので店じまいしてからも一人居残り食っていたのである。

「あのさ、障害者雇用促進法は一般企業に対しては、国の法定雇用率2.5%をちょっとでも下回ると不足数一人あたり50,000円の罰金が課されることになっている」

「ご、ごまんえんっすか?」

完食まであとちょっとだ。ラード、いやスープをぐいっと飲む。ああ、これ毎日やると身体に悪そう。

「そうだ。べらぼうに高い。にもかかわらず、国税庁二郎や法務省子、さらには地方自治体らがみな平気で雇用している障害者数をマシマシしやがった。ペテン師もいいところだ」

満腹のお腹に、最後のひと押し。それでも食えるから不思議だ。

「にもかかわらず、だ。信じがたいことにアイツらが不正を行ってもまったく罰金がない。不公平もいいところじゃねえか!」

ガシャン!パリン!マスターが洗剤できゅっきゅ擦っていた小グラスが、そのブルブル震える怒りを反映するかのように粉々に割れた。

 

その晩、防衛省二や外務省吾らはみな塗炭の苦しみに悶えていた。

 

お腹が次第に炎上し始めたのである。まるで胃腸が100均のナイフで切り刻まれていくような痛みだ。

しかも、恐るべきことにその「青唐辛子の呪い」は、食べた人の職場の連中全員にも確実に「シェア」されるよう、CIAとMi6は今年はじめ遺伝子組み換えすることに成功したのであった。そしてラーメン二郎本店が輸入したのも、まさにその最強型なのだった。

 

目には目を、歯には歯を。

 

翌朝、内閣府を含む27の中央省庁の職員が全員、A級の下痢でトイレから離れられないことが判明。国家機能が麻痺する緊急事態に陥った。しかもマシマシ詐欺を働いた度合いが高い省庁ほど、事態は深刻だった。国税庁二郎およびその同僚たちにいたっては、結局一年間出勤出来ず、全員が依願退職する羽目になったのである。

 

内閣も、役人もたるんでいる。

ただ、そんなペテン師たちに天罰を下したのが、まさか日本一美味しいラーメン屋だったことは、未だに下町の三毛猫さえ知らない。

 

 

おわり

 

 

この物語は、フィクションです。登場人物、状況設定はすべて架空のものです

 

オランダ人の私の姪は、日本軍の抑留所で生まれました【Japan Interview】谷山雄二朗

Japan Interview!

2日後に終戦日を迎えるなか、アムステルダムからの旅人インタヴューをお届けします。

 

広島を訪れたというミセス・ホランドは、意外な告白をしてくれました。

「原爆ドームでふとおもったことですか。旧オランダ領東インドで、わたしの家族は自由だったのかを考えました」(4分45秒)

赤坂見附の昼下がり、突然の発言にぼくは言葉を失いました。

「どういうことですか?」

「はい。わたしの家族は、オランダ人とジャワ人の混血だったので日本軍の抑留所に入れられたのです」(5分09秒)

「そのお話は、誰からお聞きになったのですか」

「おばあちゃん、叔母から聞きました。わたしの姪っ子は、その抑留所のなかで生まれたんです」(5分20秒)

 

1942年から1945年8月15日の敗戦まで、旧オランダ領東インドは日本の統治下にあったのは周知の事実だ。彼女は続ける。

 

「姪は、終戦時まだ四歳でした。彼女は、女性だけの抑留所に四年間いました。その後彼女は、父親と再会しましたが会いたくなかったようです。というのも、それまで彼女が接していたのは日本人の男性(日本兵)だけで、彼らは姪に対し厳しく接した。それで男性不信に陥ったようです」(5分28秒)

 

「厳しく、というのはどう厳しかったのでしょうか?われわれ日本人は、歴史から学び取る必要があります」

「はい」

「たとえば、ムチを使ったとか?」

「YES」

真偽はもちろん確かめようがないが、当時日本軍内(国内)に蔓延していた男尊女卑の思想、上官は絶対の軍の規律などから考えれば、混血児を手厚く扱ったとは到底考えられない。少なくとも、ぼくはミス・ホランドの言葉を信じた。

「だから姪にとって、その後も日本軍抑留所の経験はトラウマとして残ったのです」(6分3秒)

 

ぼくは朝日新聞社の特派員ではないが、それは3ミリグラムの想像力さえあれば、十分に考えられることだ。

 

「わたしの母、そしておばあちゃんはもう亡くなりました。先日、初めて訪日し広島にも行きましたが、果たして今、わたしがこうした日本にいることを天国の母たちが喜んでいるかはわかりません」(6分20秒)

一瞬、返す言葉を失ったがぼくは言った。

 

「その七十年前の歴史から、我々は学ばねばなりません」

「まったく同感ですね。よって広島の原爆ドームを訪れたとき、わたしは母たちの苦しみを感じるとともに、突然頭上から原子爆弾を浴びた人びとの苦しみをも感じました。あの時、誰もが非道だったのだとおもいます」(6分40秒)

「戦争は、人間を動物にします。残虐なアニマルに」

「ええ。なので今、なんとも違和感というのか不思議な気持ちで日本を旅しています」

 

 

訪日観光客三千万人。

 

様々なバックグラウンドをみな、各自が抱えている。

 

ミセス・ホランドとは、シリアスな話もしたが同時に日光や、パチンコ、カジノそして温泉の話などでも盛り上がった。ちなみに、オランダには各都市にカジノがあるとか。

ここからまた、新しいジャパーンが見えてくる。

Japan Interview!

 

 

谷山雄二朗のちちんぷいぷい 「痛いの痛いの飛んでゆけ」 Powered by Japan Broadcasting

春一番!Happy New Spring!

お元気ですか。

今日のTOKYOは唐突な雪ですが、唐突ながら季節の変わり目となる本日春分の日、本JB社説のタイトルを「谷山雄二朗のちちんぷいぷい – 痛いの痛いの飛んでゆけ」に心機一転リニューアルしました!

情けないことに、これまでこのポンポコリンな響きのする昔の言葉を最近まで知りませんでした。たまたま古本屋で手にした一冊を通じて知ったのです。

ぼくが小学一年生の頃、犬に噛まれたり汚い公衆便所の和式トイレで足を踏み外して大転倒・号泣すると、近所のおばちゃんがすっ飛んできて「痛いの痛いの飛んでゆけ〜!」と、何度も何度も摩ってくれた記憶があります。

ただ、その前にこの「ちちんぷいぷい」なる面白い言葉があることは、不覚にも今月知りました。

ちなみに来年は新元号になりますが、それこそ「ちちんぷいぷい – 痛いの痛いの飛んでゆけ!」が生活に溶け込んでいたあの頃 – 昭和五十年代頃の「和」というのか、人間的な温もりそして繋がりは今となっては ‘神がかっている’ と形容できるほど確かなものでした。「知らない人にはついていっちゃダメよ」は、今も昔も同じでしょうが、それでも登校する時は「おはようございます!」と知らないおじさんに幾らでもしたし、老若男女・人間同士がお互いを信頼する社会的雰囲気が確かにあったのです。

「人さらいにさらわれるぞ」(これもまた死語?)と脅す大人もあちこちにいたと思いますが、例えば今からちょうど一年前、千葉の松戸でヴェトナム人の小3のリンちゃんが渋谷某とかいう人間のクズ(しかも’PTA会長’)に、誘拐され虐げられた上に河川敷に捨てられる – といった変態鬼畜による悲劇は、今日のように頻発していなかった。

「口先オンナ」に気をつけるように、とも先生に言われましたが今のMONSTER PARENTS なる我が子に異常に執着し依存していきる鬼過保護な化け物連中もいませんでした。少なくとも、ぼくがオーストラリアに引っ越す8歳のときはいなかった。

つまりデジタル化が加速するに連れて、現代人は確実に劣化している気がしてならないのです。確かに、スマートフォンや、PASMOなどAIによって世の中かなり便利にはなった。とはいえ、個人と個人の距離は確実に狭まるどころかその真逆となった。ファミリーレストランに行っても、4人家族がそれぞれ「おもちゃ」を片手にうつむきながら画面をじーっとみている光景は、明らかに異常ではないですか。ええ、だって会話がほぼまったくないのですから。

かりに今の小学生が、下校中に観光バスほどの巨大な猫に襲われ足首をひねったとしましょう。

ちちんぷいぷい!痛いの痛いの飛んでゆけ〜!」とすぐさま駆け付けて、摩ってくれるおばちゃんが果たして今のジャパーンにいるでしょうか?警察に110番ぐらいはしてくれても、ちちんぷいぷいまでは考えにくい。だいいちそれどころか、我々は銀座線で目の前の高齢者のスーツケースがひっくり返っても見て見ぬ振りする日本人が圧倒的に多い時代にいきている。

ぼくは何も聖人でもお釈迦様でもありませんが(星人の可能性はあるが)、それでも本来でしゃばりなので目と鼻の先で痴漢野郎やモンスター猫に攻撃された人がいたら、大丈夫っすか?とまず駆け寄ります。少なくともうるさい日本人としても「見て見ぬ振り」だけはしないし、できない。

ちょっと長くなってしまいました。

ともあれ、結論にいこう。

今年は明治維新150周年。幕末に、そして昭和のどこかに我々日本人が置き忘れてきた何かアナログなものがある気がする。そして、それを取り戻すためにも、本コンテンツ(社説、ブログ、エッセイ)のタイトルをチェンジしたのです!

そしてもちろん、読者のみなさんが心の怪我をした時は、ちちんぷいぷい 痛いの痛いの飛んでゆけ!

Thank you.

谷山ぷいぷい雄二朗

8 Reasons why Japan must obtain Nuclear Weapons. This is no MANGA, fellas

 

This is not a new episode of NARUTO, DORAEMON or YOUR NAME IS.

That’s right, it’s real.

North Korea’s autocratic regime “successfully” tested their latest ‘Hydrogen Bomb’ yesterday (Sept. 3). Congratulations Mr Kim, I think you have done it once again.

You are indeed fat, inexplicable and brave.

North Korea can now inflict violence on Japan using the world’s deadliest weapon.

If you live in Europe or North America I assume that you do not feel their repugnant provocation directly through your skin. 6 days ago the North launched its proud Hwasong-12 missile (meaning Mars) ‘over our mainland’, freaking us out.

The peace loving, unthinking flock of sheep in Tokyo and across the whole nation had their diapers all wet in despair. (Including myself, shame)

The situation in East Asia is escalating rapidly to a crucial level, starring the ruthless barbarian (Mr Kim). I am currently based in Tokyo, which is one of the ‘main targets’ for his men since the world’s largest mega-city is also a ‘home’ for over 130 U.S bases and military facilities, which is of course by far too many to my understanding. (You may be surprised by this hilarious fact already)

 

“All options are on the table” for Washington. Trump tweeted “North Korea is dangerous”, as always. But personally I do play down the ‘pre-emtive strike’ narrative by the U.S, since it is synonymous for the annihilation of Seoul – a city of 10 million.

But of course, it could happen. Hiroshima did happen, and so did Nagasaki.

That being said, probably learning from history means that we have to imagine the unimaginable.

Predict the unpredictable.

I repeat. Pyongyang is an imminent threat. Albeit being the most peaceful man on the face of the earth and also as a timid, shy Japanese national, my argument is that Tokyo should, and must posess its own nuclear weapons.

What? To wage war on China? Well, to be honest we are too ‘old’ for that. Please bear in mind that one out of every four Japanese are now aged over 65.

As the taste of Ramen changes frequently, so should the security stategy. An ‘accidental’ war could be trigerred at any moment in the areas surrounding the Sea of Japan. This is neither a Manga, ONE PIECE or an Anime, meaning that to obtain a new ‘Samurai Sword’ has now become Tokyo’s ultimate priority.

Here are 8 reasons why.

 

 

1. ‘U.S nuclear deterrent’ is unfortunately not working. This fact has been proven by the fact North Korea has already gone nuclear. As a big fan of MLB (and Ichiro), I do count on the world’s most powerful military with a stunning $600 billion annual budget. But even their super pricy ‘nuclear umbrella’ could not prevent Pyongyang going nuclear. Let’s face it.

 

 

2. Absolute deterrent against Pyongyang.  Tokyo desperately needs a feasible deterrent in order to SURVIVE. If NK’s nukes become eligible (in a couple of months) to strike L.A or N.Y, it is highly likely Trump will ‘strike a deal’ with Kim allowing the posession of SRBMs such as Nodong and Tepodong missiles, on the condition they abandon ICBMs – meaning the end of U.S nuclear deterrence for Japan.

 

 

3. BALANCE OF POWER. Besides, the current S.Korean government led by Mun is ultra liberal, with an extremely soft stance on the North. Furthermore, a ‘Unified Korea’ within the next two decades shall also mean ‘Nuclear Korea’. That being said, Tokyo with nukes will neutralize the region. Japan has 46.9 metric tons of plutonium stockpiled (2016), with the capacity to build 5,000 nukes.

 

 

4. ‘9th AMENDMENT’ – About time the ‘Flock of sheep’ claim responsibility for it’s own safety, instead of acting like a panting puppy of Washington (like the U.K) –  Japan has become a ‘burden’ for America as Trump had claimed at a CNN interview in March, 2016 if my memory is correct (“They must pay more for defense, they should defend on its own against N.Korea, U.S is bankrupt with $21 trillion!”, he said, remember?). It is a well known fact that the Japanese are obsessed with ‘nuclear allergy’ due to its traumatic past of Hiroshima and Nagasaki. However, under the current circumstances the ‘unthinkable’ is thinkable. If the Japanese are not dumb, posessing nuclear bombs may also lead to amending the ‘Manga Constitution Article 9’ in the next general election (expected in 2018) – obtaining offensive capability which is currently prohibited under the U.S made 1946 constitution.

 

 

5. SENKAKU ISLANDS. Regional power China is flexing its military muscles daily infiltrating the territorial waters of Japan’s Senkaku Islands. Just like their military buildup in the S.China sea and the reclamation of artificial islands, Beijing is preparing for a direct invasion of the Senkakus which is highly likely to trigger WW3. Nuclear armed Tokyo shall definitely contribute to regional stability. Also remember, we of course do not kidnap human rights lawyers.

 

6. U.S WILL NOT ‘DEFEND’ JAPAN RISKING IT’s MAINLAND. Machiavellism. National interest. That’s how politics work. Don’t get me wrong, I am no anti-American. It’s all the Japanese’s fault that we have been overly dependent and subservient in its relationship with the U.S. I repeat, WE are to blame.

 

7. Non-Proliferation Treaty/Strategy is dead. I do condone the latest moves by 122 brave nations that signed a historic treaty to ban nuclear bombs, but  Kim’s recent nukes/missile tests have invalidated the whole process.  John Lennon’s ‘Imagine’ is a true classic, but the time for hypocrisy is over. Besides, the P5 will never abandon their prerogatives.

 

 

8. Please think for yourself. You are by far smarter than me.

 

 

 

Btw, I saw a brilliant comedy starring Robert De Niro, Sean Penn and Demi Moore last night.

 

That’s right, “We’re No Angels”.

 

Thank you.

 

 

 

Yujiro Taniyama – Editor in Chief, Japan Broadcasting