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米国 ケリー国務長官の広島訪問を、大歓迎する

次期アメリカ大統領候補のドナルド トランプ氏が、またやってくれました。
と言いたいところですが、まずは米国人読者のみなさんに誤らなくてはなりません。ええ、今回のブログの「英語タイトル」は、残念ながらPRANK=即ちイタズラでありますことを冒頭にまずは心よりお詫び申し上げます。「注意を引く為なら何でもするトランプ流」を踏襲したのが、そもそも間違いの始まりでしたね。
ええ、実際のところはどうかと言いますと、このブログを書いている現段階では米ケリー国務長官が広島原爆投下について「謝罪」するかどうかは、まったく見当もつきません。おそらくはしないでしょうし、そうせねばならない正当な理由もありません。仮に戦後七十年経てから「アイアム ソーリー」と同氏が頭を下げたところで、結局のところはレイプ疑惑で炎上中の米コメディアン ビル・コズビーがコメディーTV番組 “Saturday Night Live” のコントで性犯罪者の役柄を演じるかの如く、所詮はうわべだけに固執した茶番に終始する可能性が高い。


だいいち、様々な報道によればアメリカ合衆国の教科書では「原爆投下は、百万人の命を救った」と記述されているとか。実際にあなたたちのお国でそう教えているのであれば、ますますケリー氏が謝罪する根拠が見当たらないことになります。
端的に申し上げます。その「謝る」という形式的な行為よりも、ぼくは今回のブログでみなさんに「あの戦争」の敵国ジャパンに対する米国民のみなさんの頑固かつ偏狭な物の見方ついて、疑問符を投げかけんとする者です。今から七十年以上も前、日米は血まみれの軍事対決に直面しました。硫黄島、パラオ島そして沖縄などが真っ赤に染められ、無数のかつ無辜の命が奪われた。そして21世紀に突入した今日も、未だにアメリカ国民(ないしは西洋人)のあなたたちがソーシャルメディアなどで旧日本軍に対する非難糾弾を続けているのは、一体どういうことなのでしょう? 過度に自己正当化する姿勢を崩さない皆さんは正直かなり滑稽にも見えるのですが、どう解釈すればいいのでしょうか? もしもあのドナルド・ダックならぬトランプ氏が偏見だらけの病的な噓つきだとするならば(米大統領候補のバーニー・サンダース氏は、現にそう形容しましたが)、今回の広島原爆投下というイッシューにおいては、アメリカ国民の実に多くも偏狭な頑固者にすぎないと首を傾げざるを得ません。しかもですよ、仮にそのある種の常軌を逸した日本叩きの根底に潜むものが人種的偏見だとするならば、ますますぼくとしてはそれを傍観するわけにはいかないのです。

ではまず、四月三日のYahoo! News記事(AFP) をお読み頂きましょう。




『世界初の原子爆弾は、広島にて十四万人もの人々を殺しました。その日はなんとか持ちこたえたものの、被爆して間もなく死んだ犠牲者たちも含まれています。その3日後、アメリカ軍は今度は長崎にプルトニウム型の原爆を投下。七万四千人余りの人が亡くなりました。ワシントンは、これらの殺戮行為について謝罪したことはありません。第二次世界大戦末期における原爆投下に正当性があったのか否かについては、米国内でも国論が割れています』 (平成二十八年、四月三日 AFP記事)



このブログを書いている現時点で、Yahoo!ニュースのページには二千六百四コメント、さらにはAFP記事全体ではじつに二万六千以上というもの凄い数のコメントが投稿されており、その関心の高さを伺い知ることができる。とはいえ、殆どが「あの戦争の責任は日本にある。だから広島原爆に関するケリー国務長官の謝罪は不要だ」といったものだ。
例えば、”David”という名の投稿者はこう述べる。


「私は平成二十八年に、三ヶ月もの間、日本で過ごしました。素晴らしい国でしたし、日本人もワンダフルな人々です。ただ、一つだけ気がかりなことがあります。去年の9月に広島平和記念公園に行ったときの事です。もちろん、そこは歴史を学ぶうえで心に響くものがある特別な場所ではありました。とはいえ、心になんとも言えないしこりを感じたのです。それは、次のようなものでした ; 『日本人は原子爆弾がいかに非道残虐な兵器であるかを多く語り、まだ展示している。そしてそれによってこれまでいかに多くの日本人が苦しんできたかを、強調することに余念がない。しかしながら、なぜ原爆がそもそも日本に投下されたのかは決して触れないのだ。彼らは、勇気をもって心を開いて真実を語らねばならない。特に子供の世代達にそこを伝えねばならない。もしもそれが出来れば、世界中の人々の多くが抱いている “日本人は狡い民族” という疑念を払拭できるであろう』




ほう、ご立派ですが典型的なアングロ・アメリカン視点のジャパン論の域を全くでていませんね(笑)。というか、このお方は日本人に「勇気を持て」とか偉そうに命令しておきながら、自分は本名でコメントを投稿する気概さえ持っていない腰抜け野郎ではありませんか。己の言葉に責任一つ持てないこの “David”とかいう輩は、所詮は偽善者であり股間にも何もぶら下がっていない負け犬さんなのです。チミ、聞こえますか?!



「歴史は勝者がつくる」と言ったのは、イギリス人作家のジョージ・オーウェルないしはウィンストン・チャーチル元英国首相だったとされています。現に当時の「眠れる巨人」米国に戦争を自ら仕掛けその後四年間も血なまぐさい決闘を演じた民族は、世界広しといえども日本民族だけです。そして確かに日本は負けました。とはいえ、それは何も勝者によって書かれた歴史のすべてを安易に受け入れることと同義語ではありません。なぜならばその「歴史」には事実の歪曲はもちろんのこと、どう考えても事実関係と異なることが多分に含まれているケースが少なくないからです。
偶然ではございますが、ぼくの誕生日はハリウッド俳優 Mel Gibsonと同じでして、彼が主演を張った傑作 “Braveheart” も大好きです。スコットランド独立戦争の伝説ヒーロー、ウィリアム・ウォレス (1270- 1305) をメルは演じるわけですが、そのウォレスの同志だったブルース・ロバートの次の言葉もまた、あまりにも有名です。

「英国の歴史家は、私のことを噓つきと言うだろう。しかし歴史というものは、英雄を処刑した人間らによって書かれるものだ」


こうしたスコットランドの英雄たちの一連の動きからも、現代の我々は歴史というものがいかに当事者によって歪曲もされれば捏造の対象にもなりうるかを、知りうることができます。そうです、我々が学校で学ぶ「真実」は、じつはマンガだったりするのですね。例えば、ぼくはかつて学校で「1857年には、セポイの反乱がありました」と学びました。ええ、実際はこの動乱はインド人にとっては独立戦争そのものだったわけですが、当時、インドを植民地支配していた英国をはじめ西洋諸国ではずっとセポイの「反乱」という言葉を用いて来た。Googleってみても一目瞭然。つまり搾取されたインド側と、侵略したイギリス側では視点が正反対になるわけであり、まさにオーウェルが指摘したとおり「歴史は勝者が書く」ことを裏付けていると言えましょう。


しかしながら、時折その真逆の現象が突発的に起きることがあります。FT(ファイナンシャルタイムズ紙)グループで長年勤務した、オーストラリア人ジャーナリストのポールハム氏が書いた「Hiroshima Nagasaki」を最近読んだ時の衝撃もまた、強烈なものがありました。ご紹介しましょう。




『1945年に入ると、米国大統領トルーマンは、対日航空戦における効果をより測るべく、アメリカ戦略爆撃調査 (USSBS)の範囲を太平洋地域にま で広げた。そしてこのUSSBS調査書は、「原爆投下は不要である。8月6日の使用よりも遥か以前に、日本はすでに戦力を失い敗北していたから である」と報告し、トルーマン大統領に対し原子爆弾を使用しないよう忠告している。つまり、戦時中の米軍将校たちはこの事をヒロシマ・ナガサ キ原爆投下の前にすでに知っていたのである。同調査書の内容が明るみに出たのは、翌1946年の7月であった』

           - Paul Ham “Hiroshima Nagasaki”





『物理学者のマーク・オリファントは、戦時中に米国が原爆を開発するよう強くワシントンに働きかけた最重要人物の1人であった。オッペンハイ マー博士と異なり、戦後彼はこう告白している; 「私は戦時中、原爆の開発に携わった。よって私もまた戦争犯罪者である』

James Conant, the chemist who drove the S-1 program conceded that it had been a ‘mistake’ to destroy Nagasaki” - Paul Ham “Hiroshima Nagasaki”

『原爆を作製するS-1プログラムに携わった化学者のジェームズ・コナントは、「長崎を原爆で破壊するのは”ミステイクであった”」と認めた』











卑劣で狡い日本人



1941年の真珠湾奇襲は、狡猾だった。許せない - と知人友人にボコボコにされた経験は、なにも一度や二度ではありません。また、オージービーフならぬオージーフレンズらによるそうした非難に対し、それを否定したこともありません。ただ、その「狡猾」さで議論を進めるのであれば、アメリカ合衆国の右に出る者もおそらくいないでしょう。悪名高き金時山(標高1200m)ならぬ「トンキン湾」事件 (1964年 8月4日)などもその典型であり、当時の米国は適当な言いがかりをつけて宣戦布告一つせずに事実上の奇襲を北ヴェトナム軍に仕掛けたのですから。十年ほど前のイラク戦争の攻撃理由だった「大量破壊兵器」、あれも結局はなんだったのでしょう? 未だに発見されてませんしね。日本人を「卑屈で狡い」と米国人はクドいほどバッシングしますが(今回の、ケリー国務長官の広島訪問に関する記事、コメント投稿にも多数みられる)、そうした短絡的な論陣を春前に、みなさんはまずアメリカ合衆国こそが狡猾さと欺瞞と詭弁の真のプロフェッショナルであることを、しっかり肝に銘じるべきでしょう。

とにかく、です。
冒頭に紹介したデービットなんちゃらという匿名の輩が、「日本人は真実と向き合うべきだ」とのこれまたご親切なアドヴァイスを下さった点は既に述べた通りですが、仮に広島平和祈念館を訪れたインド人に「日本の歴史教育、およびこの記念館の展示内容は真実と向き合っていないのでしょうか?」と問いただしたならば、おそあく百人中九十九人は首を横に振るものと思われます。ええ、現にぼく個人としてはこれまでアングロ・アメリカン西洋人の九官鳥の如く「日本人は狡い。真珠湾をみてみろ」と、傲慢かつ一方的な態度で糾弾するインド人に会ったことがたった一度もありません。一度も、ですよ。では、それは何故なのか。ええ、それは日本軍が1942年から1945年までの四年もの間、インド人を大英帝国支配から解放すべくインド国民軍 (INA) を事実上設立し、独立闘争の英雄チャンドラ・ボーズを応援し、ビルマ(現ミャンマー)から英国軍を追放した歴史的事実、およびその後悪名高きインパール作戦で補給なき日本軍は敗北するものの、インド国民軍があったからこそ、戦後間もない 1947年8月15日にインド独立が成し遂げられたことを賢明なインドの人々は骨の髄まで学んでいるからに他なりません。
やっぱり教育なのですね。







トランプ氏の嘘


親愛なるアメリカ人のみなさん、僭越ではございますが筆者は「うるさい日本人」として動脈硬化した西洋諸国の、西洋諸国による西洋諸国のための歴史の操作および捏造部分には、毅然と反論する者であります。言論の自由、およびデモクラシーとはそういうものですし、よってその動きを単に「歴史修正主義者か貴様」と、アナタ方が一蹴するようであれば、それは単なる犬の遠吠え以外の何ものでもございません。理路整然とロジックで議論できないのが、ワンワンですからね。
事実関係を精査し、歴史的事実を公正無私に淡々と伝えて行きたいと切に願っております。
あなたが暮らす米国一つとっても、カリフォルニアなど西海岸と、ボストン・ニューヨークを始めとする東海岸に暮らす人々は、ほぼ間違いなくリベラルなCNNをみる。そして「FOX? あれは右翼のバカどもによる保守ぶった銃大好き野郎たちの嘘だらけのチャンネルよ」と、見向きもしない。そして逆に米国中部および南部の米国人は、「CNN? 人工中絶とLGBTをいけいけドンドンの左翼の阿呆どもによるリベラルぶった非国民売国守銭奴による、非キリスト教価値観の汚らわしいメディアよ」と、TVのリモコンに登録さえされていないのが常だ。
このようにアメリカ一つとっても価値観が真っ二つ、ないしはそれ以上に割れているというのに、そうした現実を無視して一方的に「戦前の日本軍は残虐非道な鬼畜だった」と悪のレッテルを貼り、反論一つ許さないというアングロ・アメリカンの価値観に真っ向勝負を挑まんと、私は考える者である。なぜならばロジック、および事実関係ではなく単なるそうした感情論のみで歴史を語ろうとすれば、必ずそこにはフィクションが入り込む余地が残るからに他ならない。そしてそれは何も、私が戦前の日本軍が行ったことすべてを肯定するものでも到底ないことも、ご理解いただきたい。「日本軍は戦争捕虜を虐待した」「ボルネオの死の行進では、英国人捕虜の生き残りはごくわずかだった」「アジアを侵略しアジア諸国の人々に苦痛を与えた」との綺麗事のみで片付けようとするみなさんの歴史観には、当時の世界地図のじつにほぼすべてが白人植民地支配下にあったという重大な事実を見落としています。確かにジュネーブ協定を批准していなかった日本軍は、捕虜を粗末に扱ったかもしれない。ただ、それは戦陣訓によって統率されていた最強軍隊の一つでもあった Imperial Japanese Army の「捕虜として辱めを受けず」という死生観と、その対局にあった西洋人のそれのギャップから生じた必然的な事態だったと言う事なのです。
それを単に戦後七十年以上経った今も、被害者意識を全面に押し出し、戦争のせの字も知らない我々現代の日本人に贖罪意識を植え付け、未来永劫謝罪させんとでも暗に強要するアメリカ人、イギリス人のみなさんの傲慢さこそが、この世界をよりよいものにすることを阻んでいる気がしているのは、私だけなのでしょうか?
ちなみに去年亡くなった「シンガポールの父」ことリー・クワンユー氏も生前、こうおっしゃっていました。

「被害者意識は、嫌いだ。単純によくない。思考停止を生み、幻想そして汚職の温床になるからだ」、と。

最後に一つ。
広島市のホームページによると、原爆で亡くなった人々のなかには朝鮮人、台湾人、中国本土から出稼ぎに来ていた人々そしてアジア全体からの留学生、さらには米国人捕虜もいたと記されています。アメリカ国務長官のケリーさん、そしてG7外相のみなさん、今日は慰霊碑の前で黙とうを捧げてくれてありがとうございました。犠牲者すべてのために、祈りましょう。

2016年4月11日現在、世界の核弾頭のじつに9割を、アメリカとロシアが保有しています。精神科医が必要な北の太っちょキムさんの核ミサイル実験を非難するまえに、ワシントンはいい加減「包括的核実験禁止条約」(CTBT)を批准するのが筋ではないか。米国よ、奢るなかれ。偽善と詭弁で世界をこれ以上愚弄し続ければ、グローバルリーダーどころか、「アメリカ三億総トランプ」になってしまいますよ。

オバマ氏よ、それでは来月。



Thank you.



谷山雄二朗 JB 編集長 @yujirotaniyama




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