自民党首選は、時代遅れである 【谷山雄二朗】

それにしても、異様な’選挙’である。

日本の最高権力者を決めるイヴェントなのに、国民が参加できないのだから。蘇我氏と物部氏ならぬ安倍氏と石破氏の対決という構図ながら、盛り上がりはゼロに近い。一方的に盛り上がっているのは、時間とお金に余裕のある高齢者と旧態依然のマスコミだけだ。ほとんどの国民は無関心だし、トランプを生んだ2016年アメリカ大統領選挙に比べたら、恐ろしくショボい。

だが、果たしてこの低落でいいのか。

形骸化している「自民党首選」の実態は、その日程をみれば一目瞭然。今回は9月10日にスタートし、20日に投票だから選挙期間はたった9日しかない。茶番そのものではないか。予備選を含めると一年以上続く米大統領選と比べれば、その異常さが浮き彫りになる。

9月18日に発表されたNHK世論調査では、安倍内閣の支持率はわずか42%。内閣でこのレヴェルということは、森友・加計スキャンダルもあり安倍氏個人の支持率となればその半分以下かもしれない。つまり日本の総理大臣をアメリカや韓国のように大統領制即ち国民の直接投票で行った場合、安倍晋三ではなく橋下徹と書く人のほうが圧倒的に多数を占めるにちがいない。

ところが、そうした国民の声は我が国の政治にはまったく反映されない。

「日本は大統領制じゃないから」は、言い訳になり得ない。「政治的空白を作らないため選挙は短く」というのは詭弁にしか聞こえない。立憲君主制のわが国では、最大与党の党首が総理大臣になることが「常識」とされる。米国のそれとシステム上単純比較できないことは確かだが、世界第3位の経済大国のトップが、わずか九日間の形式だけの党首選をやることにどれほど意味があるのか。今回の党首選を異常と感じているのは、果たしてぼくだけなのだろうか。

1890年に第一回帝国議会が開かれて以来、日本の首相選出システムは一度も変わっていない。こちらの方が異常ではないか。ラーメン二郎の味でさえ微妙に変化するように、時代とともにCHANGEすべきは変える。それぞ正常な姿だ。

石破氏が立候補したことは、良いことだ。無投票で現職が再選されることほど、人畜有害な茶番はないから。しかしながら、前述した通りわずか九日間でしかも二、三回しか本格的な公開討論をしない訳だから、結局は自民党の自民党による自民党のための選挙以外の何物でもない。国民は関係ない。

これを政治の私物化という。

勝ち馬に乗れ!と打算深い連中は、与党、メディア関係者揃って安倍支持に傾いているが驚くに値しない。

「森友問題に関係した財務省の役人は、自害した。一人の人間が死んだことは事実であり、そこは誠意をもって真相解明せねばならない」といった類の発言を石破氏はある討論会で述べた。最もなことだ。さまざまな世論調査の結果を見る限り、安倍氏が十分に説明責任を果たしたと考えている国民はほとんどいない。しかしその翌日の産経新聞は、ぼくが読んだ限りでは上の石破氏の発言を掲載していなかった。それが忖度によるものなのかどうかは知らないが、同新聞に期待している者の一人としては首を傾げざるを得ない。

なにせ天下のJAPANの指導者を決める選挙だ。少なくとも情報はすべて100%国民にオープンにすべきだと考える。判断材料として、公開ディベートも少なくとも10回は行ってほしい。

ところが、今の日本の時代遅れの立憲君主制システムがそれを許さない。よって安倍氏も石破氏もいったい「日本をどのような国にしたいのか」という明確なヴィジョンを国民に分かる形でまったく説明し得ていない。GDPがどれだけ増えたとか、訪日観光客がどれだけ増えたとか役所があげる数字を列挙しているにすぎない。

これを、政治的茶番という。

ちなみに、ぼくはなにも anti 安倍でもpro 石破でもない。Japanが強い、素晴らしい国になってほしいだけだ。ただ、どう考えても今の「自民党の自民党による自民党のための党首選」のシステムは、この国を腐敗させると考える。立憲民主制の根本を問うものだが、果たしてなんとかならないものか。

ドナルド・トランプは、ヒラリーに “loose cannon”と揶揄されたほど予測不能かつ朝令暮改の男だが、少なくとも彼は前回の大統領選挙予備選ではブッシュ弟を撃沈し、フロリダ州のルビオを迎撃し、テキサス州のクルーズを破壊し、最後はビル・クリントン(ビルクリ)の妻を葬った。言葉によって、である。公開討論の場で、である。そこにトランプの凄さがある。米国民は今もなお割れているとされるが、この事実だけはどの民主党支持者でも否定できない。

翻って日本はどうか。

時間ない、討論ない、ヴィジョンない。そして最悪なことに国民不在。だいいち、われわれ一人一人の胸に迫ってくる言葉がない。

これで安倍氏が明日、勝利したところでいったいどんな意味があるのだろうか。日本の国土は、米国のわずか25分の1にすぎない。さらに公開討論の時間は、計算した訳ではないが米大統領選に比べて100分の1程度だろう。つまり、それだけ日本の政治家には言葉が不要だということだ。言葉がない政治とは、いったい何なのか。世襲ビジネスだ。そうか、結局のところ日本は立憲君主制どころか実は単なる世襲制なのではないか。今日の夕方5時半に、秋葉原で街頭スピーチを行ったのは、岸信介元総理大臣の孫で安倍晋太郎外相の息子だった。「批判だけしていてもなにも生み出すことはできない。私たちは無駄な批判はしない」と、クレヨンしんちゃんならぬ安倍の晋ちゃんは石破氏を暗に揶揄したが、現職の首相としてはあまりに器の小さを露呈する発言であった。

人間、批判精神を失ったらお終いである。

前の戦争は、それを忘れ盲従した日本人が要職を占めていたからこそ起きたのではなかったか。ちなみに岸信介の孫の隣りで応援歌を歌ったのは、吉田茂の孫であった。

ちょうどその頃、石破候補はハチ公前で犬のように吠えていた。

「真実を語らない政治家は、国民を信じていないのだと思う。国民を信じていない政治家が、国民から信用されるはずがない」と、安倍候補を批判した。隣りで応援歌を熱唱したのは、中谷貞頼元衆議院議員の孫だった。

また、数日前にあるTV局の「両候補出演番組」をみたが、「アベノミクスを採点すれば、何点ですか」との問いに対し、当の安倍氏は74点をつけた。数字はともかくとして、その表情は随時緩みっぱなしだったのが一番印象に残った。その緊張感および迫力のなさは、米国だったら予備選の段階で脱落するレヴェルに思えた。あえて言っておくが、ぼくは何も石破氏が首相にふさわしいと強調しているのではない。また、安倍氏が10年ほどまえに書いた「美しい国へ」が、かつて心の琴線に触れたことも正直に告白しておきたい。

ところが、だ。今の同氏に、ある種の驕りが感じられるのはなぜだろう。

安倍でなければトランプは説得できない、とかプーチンとの大きな信頼関係を構築した、と安倍応援団らはよく強調するが、いくらゴルフは一緒に回ってもトランプのスチール25%、アルミニウム10%の対日関税発動を抑えることはできなかったし、それに対して報復措置はおろか抗議一つ出来なかった。プーチンに至っては去年末は三時間ほど会談予定地で待ちぼうけをくらい、先週のサミットにいたっては「北方領土抜きの平和条約はどうだろう」を逆提案される始末。軽視されているといっても過言ではない。

かといって、繰り返すがなにも吉田茂、いや石破茂が総理大臣にふさわしいと言っているわけではない。ただ、慰安婦‘合意’一つとってもその場凌ぎとしか考えられない短期的な視野の’政策’ないしは’失策’も多々あるということだ。読者もご存知のとおり、慰安婦においては「結果」が出ているとは到底言い難い。

ぼくがここで強調したいことは、知識人ないしは指導者とされる人々の言葉を、もっともっと疑えということだ。江戸時代260年で権力に飼いならされすぎた日本人は、「お上」という言葉があるように権力者に対し抵抗力がなさすぎる。前回、安倍氏に対し対抗馬が一人も出なかったことも、同党内がいかに去勢された羊の群れかがうかがい知れる。

日本国民は、今こそ批判精神を再確認すると同時にどんな権力でも長期化すると腐敗するということを肝に銘じておくべきではないか。

18才の女子選手が告発した体操界でも、チンピラがトップにいたボクシング界でも、ハゲのおっさんが牛耳っていたというレスリング界でもどこでも長期政権は必ずといっていいほど堕落することを歴史は証明している。

政界が例外であるはずがない。

明日の結果がどうなろうとも、ぼくが先日みた安倍晋三首相の糸の切れたタコのような緩みっぱなしの顔は、日本を牽引する者とは思えなかった。吉田松陰や高杉晋作を彷彿させる目の輝きなど微塵もなかった。政権に安住し、既得権益固めに走り、権力のための権力に酔いしれる新橋ガード下の中年にしか見えなかった。以前の安倍氏の目には、もっと刺すような鋭さがあったことは言うまでもない。

数がすべてが政界の論理といえばそれまでだが、そうした打算的かつ保身しか考えない連中が増えると、日本はますます劣化していく。

最後にいう。

やはり「自民党首選」即ち日本の立憲君主制は、時代遅れである。

事実上の世襲制だからだ。世界広しといえども、古今東西この国ほど世襲の溜まり場と化している政界はいない。群馬の美しいおばさんこと小渕優子氏を初の女性首相に、と真剣に考えているめでたい高齢者が未だに少なくないそうだが、そうしたアイデアが浮上すること自体、日本は極めて重症である。

憲法改正の国民投票以前に、総理大臣を国民が直接選べるシステムの導入こそが、21世紀日本をより強く面白い国にするとぼくは考える者である。

2020年憲法に反対する「自民隊」に告ぐ!

 

 

原発と憲法改正は同じ

自衛隊ならぬ”自民隊”という言葉を、ふと思いついた。

我ながら、なかなかのBig hitだと思う。

「2020年に自衛隊は合法です、との一行を憲法に加える」: 安倍晋三首相の先の意思表明は、気の抜けたスーパードライの如く極めて物足りないものであった。

なぜならば、”陸海空軍を認めない。交戦権も駄目” と定めた9条第二項(小学生が考えてもコメディーな条項)を残したまま、「それでも自衛隊は合法です」と定めるというのだから。いわゆる「加憲」なるこの曖昧な手法を、うるさい日本人は純粋なる憲法改正とは呼ばない。

とはいえ、安倍首相としては改憲国民投票は原発と同じで一度たりとも失敗してはいけない。それは絶対に許されない。130%成功する必要がある。でなければ、チャンスは二度と巡ってこないからだ。そうした「改憲・護憲 ほぼ50 – 50」の現状なかで編み出された苦肉の策こそが、この ‘Plan Q3’だったのではないか。

Q3 = 9条に第3項を加えることの省略形である。

 

海外のAP通信、CNN, NY Times, BBC, Al Jazeeraを始めとする主要メディアは、そもそも自衛隊のことを”Japanese military” = 日本の軍事力・日本軍と形容する。それもそのはず、自衛隊はれきっとした軍隊だからだ。海上自衛隊は、同じく “Japanese Navy” = 日本海軍。つまり国際常識として、Self Defence Forcesすなわち自衛隊は、当然ながら国際法上合法な世界第四位の力を誇る軍隊なのである。

にもかかわらず、それを非合法だとか “違憲” だと糾弾する頭のおかしい憲法学者や禿げた大学教授の群れが溢れる不思議な国がアジアの片隅にあるという。

 

 

 

船田元氏は、なぜかムン韓国大統領そっくりさん

「首相は、慎重にご発言いただきたい」

そう安倍氏に反旗を翻し、まず “2020年憲法” に対し改憲反対の立場を表明したのは、思想も鼻も左に傾斜している学者やメディアではなく、自民党の船田元なる政治家であった。しかもこの小太り世襲議員は、韓国の新大統領ムン・ジェイン氏にクリソツであるのみならず、”自民党憲法改正推進本部長代行” なる肩書を持つという。

驚いたことにこの船田氏のみならず、報道によると岸田文雄外務大臣までもが、今回の安倍首相のアイデアに反対を表明している。後者に至っては”次期首相候補” だとか。自民党の思考停止も、ここまでくれば絶望的だ。

というのも、そもそも自由民主党は、9条を改正するために1955年に設立された政党だからだ。にもかかわらず、この62年間まったく改憲論議を進められないできた。それは、同党内に船田氏や岸田氏のような共産党員のような方々が少なくないからに他ならない。彼らの今回の発言は、「自衛隊は違憲でもOK. 日本は自分で自分を守れない国のままでOK. 北朝鮮のヘンな髪型の肥満児に対し無防備でもOK」と言っているに等しい。

上野動物園のゴリラに、喧嘩を挑むバカはいない。

そう、彼らはウルトラマッチョだからだ。ところが、今の1946年憲法(今の日本国憲法が作られたのは、昭和二十一年)には、「陸海空軍を持ちません」というウソが情けないことに堂々と明記されている。つまり、我が国はオオカミ少年そのものの “狼ジャパン”なわけだ。

よってその茶番、そのウソ、その誤魔化しを放置し、自衛隊は違憲のままでOKと傍観する船田氏や岸田氏ら自民党の議員たちを、これからは「自民隊」と呼ぶことにしよう。

自 = 自慰思考で、結局は国でなく自分のことしか考えていない

民 = 民主党(今の最大野党)と同じ。民衆に擦り寄るだけ

隊 = 関越トンネル(隊道)のような、暗い迷路日本へ導く

 

「国民は憲法改正に興味がないので、政治エネルギーをそれに費やすのは不毛だ」という、高度な打算を働かせた職務怠慢こそが、これまでの自民党所属議員たちの本質だ。票にならないことは、一切しない。国家のためになろうとも、関わらない。

そこには「改憲が票につながるようにせんとする」努力そのものが、欠如している。第一に保身、第二に保身、第三に保身。彼らにはそれしか頭にないのだろう。

北朝鮮によるICBMミサイル発射実験、および核実験がこれだけ頻発しているにもかかわらず、自分で自分を守る義務を放棄する政治家に果たして存在価値などあるのだろうか。

そしてそんな空っぽ連中に一票を投じる人々とは、どんな思考回路をしているのだろうか。

 

 

風俗嬢にもわかる憲法の説明を

 

かといって、安倍首相もその他の政治家もまた説明不足だ。

憲法改正の本丸である9条を「リフォーム」したいのであれば、まずその一項、二項を風俗嬢にもわかる形で解説し、なぜ Plan Q3(第三項)が必要なのかを明確にかつ執拗に国民に語りかけるべきだ。

そうした根本的な働きかけが、いまの改憲派たちには圧倒的に欠けている。

 

余談だがドナルド・トランプが自民党総裁だったならば、東京都知事の小池氏に “You are fired bitch!  貴様はクビだ” と平気で言うかもしれない。なぜならば、これから行われる東京都議選において小池氏は公明党とタッグを組むことが明らかになっているからに他ならない。

ご存知の通り、信濃町を本拠にする同党にいたっても前出の船田氏と同じく”Plan Q3″に対し消極的である。「平和!平和!」なる単純用語さえ繰り返していれば、ファッティ金正恩は大人しくなるとでも履き違えている感も拭えない。

“都議会の丼”ならぬドン、なる自民・内田某氏に群れてきた人々を擁護する気持ちなどさらさらない。旧態依然とした旧いポリティックス、および既得権益の奴隷と化した勢力が都議会自民党であるならば、それを打破すべきは当然すぎること。しかしながら、唾棄すべき点は小池氏が自民党に籍をおいたまま、反自民のスタンスを鮮明化している茶番そのものであり、その滑稽な政治コメディーを見て見ぬふりし放置している自民党であろう。

 

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