横田めぐみさんママの声を、今こそ金正恩に届ける時

「拉致問題と言われていますが、これは本当は’問題’ではなくて事件なんです。何の罪のない人が突然他国にさらわれていくのですから」

横田早紀江さんの言葉だ。ぼくは先日、拉致を解決するための集会に参加した。200名ほどでいっぱいになる川崎市平和記念館が会場だ。最前列ど真ん中の席を確保し、2時のスタート前には座席は埋め尽くされた。ただ、その光景をみた第一印象は、高齢者が大半を占めているということに尽きる。時間とお金があるのは、たしかに年配の人たちだからといえばそれまでだが、10代、20代ミレニアム世代がぶいぶい言わせている米国トランプの集会などに比べると、その「大人しさ」と「グランパ感」には正直圧倒された。というか、見渡す限り10代はおろか二十歳前後の男女を見出すのは、トムクルーズのMission Impossibleに近いものがあった。

https://youtu.be/92_bDV0Wa00

1977年11月15日、新潟の海岸そばで北朝鮮に拉致された横田めぐみさんは、当時13歳のバトミントン少女だった。先週の10月5日に54歳の誕生日を迎えられたことを考えると、時が経つのは実に早い。早紀江さんたち拉致被害者の家族をサポートしている「あさがおの会」のお姉さんたちは、まるで女子高生の如きストレンスを醸し出しており心強かったが、とはいえ全体的にもっともっと学生たちに「拉致事件」を広めていく必要があるのではないか。それが率直な思いだ。

ブロガー谷山雄二朗、今回はその場で見たもの感じたものをストレートに読者に伝えることにする。一人でも多くの日本人とシェアすべきだと考えるからに他ならない。

午後2時の開演直前、横田早紀江さんがご入場された。ぼくの斜め前の関係者席に座られたが、インターネットやその他メディアでご拝見するよりも御年齢を感じさせられた。1977年の今頃、突然「行方不明」になった愛娘を探すこと今年で41年。その塗炭の苦しみおよびストレスは、到底我々の想像を絶する次元でないわけがない。今回アップロードしたショート・ヴィデオを見ればわかるように、早紀江さんは若い頃からそれは大変美しい方であった。しかしながら読者もご存知のように、ここ四十一年間はめぐみさんを救出すべく戦ってこられた。1997年になるまで、即ち「北朝鮮の国家犯罪だった」ことが判明するまでじつに20年もかかったこの「事件」を考えれば、Japanという列島が果たして本当に国家の体をなしているのか疑わしいと言わざるを得ない。そしてそれを最も痛感されているのもまた、横田滋さん、早紀江さん、拓也さんたちをはじめとする拉致被害者のご家族の方々に違いない。

いずれにせよ、ぼくが初めて肉眼でみた早紀江さん(馴れ馴れしく聞こえるかもしれないが、これが一番自然なのでそう呼ばせていただきます)は、実に美しい方であった。頭髪は雲の色になられ、お顔には無数のラインが刻まれている。その背中はじつに小さく、繊細だ。しかしながらぼくはそこにとてつもない美と滴り落ちるかのような気品及び剛健さをも肌で感じたのはなぜだろう。

確か五木寛之がなんらかの連載コラムで「金、金、金の世の中だ」と書いていたが、残念ながらぼくはそれを否定できるほどの立派な人間ではない。しかし横田早紀江さん、飯塚耕一郎さん、蓮池透さん、曽我ひとみさんたち拉致被害者家族の方々が戦ってきたこの「事件」は、決してお金では解決できない性質のものだ。何百万、何千万、何億円を積んでも愛する家族を取り戻すことはこれぞMission Impossible(MI)。その「解決策のない」血の滲むような苦悩と気の遠くなるような40年もの間(来年で42年目になる)体を張って猛進してこられた早紀江さんのその後ろ姿に、ぼくは地球より大きいものを感じたのかもしれない。そして自分の小ささも。

やがてめぐみさんの弟の拓也さんが会場に現れ、それに続き菅義偉官房長官が入り、早紀江さんの隣に座った。ぼくは今から五年ほど前、偶然東京駅新幹線ホームで同氏とすれ違って以来、勝手に同氏に親近感を抱いているが、最近「拉致担当大臣」なる新ポストを兼任することになったという。とはいえ、国は、政府はこれまで北朝鮮に取り残されている同胞たちを事実上見殺しにしてきた。これは何も菅さん一人に責任を押し付ける訳ではないものの、2002年の小泉訪朝でわずか5名の日本人が救出されただけで、この16年間何もできないできたことを考えると、我々一般の国民は決して政府への厳しい視線を切らしてはなるまい。だいいち、国民も国境も守れずしてなんのための国会議員か。化粧するだけが才能の三原じゅん子さんのような ‘fake politicians’ が、この国は単純に多すぎるのだ。そして何と言っても無能で、無気力で無思考の世襲議員の圧倒的数的優位が、横田めぐみさんたち同胞の救出にこの41年間障害物として作用してきたことを、いったい誰が否定できよう。アメリカ合衆国のダイナミズムは、その「世襲の欠如」からうまれている。せいぜいブッシュ親子ぐらいだ。その点、ぼくは菅義偉というマーヴェリックなポリティシャン(少なくともその親類に元首相はいない)に、密かに期待している。

川崎の福田市長が、オープニング挨拶をした。最初はテニスの松岡修造かと思ったが、「私はこの集会は毎年これが最後であることを願っています。北朝鮮から全員が帰国すれば、もう開く必要がありません」と、じつに心に染みる言葉をマイクに吹き込んだ。そうだ、その通りだ。横田ご夫妻は、長年川崎に住んでこられたということもあり、市のバックアップ、そしてご近所のみなさんの支援体制も目にみはるものがある。1990年代の終わりごろだったと思うが、JR川崎駅前のビルの一室で「横田めぐみさん写真展」が行われ足を運んだことがあった。あの時も、川崎市主催か後援だったと記憶している。今年の春、新宿駅の地下通路でめぐみさんの写真展示ディスプレーに行った時も、あさがおの会がフルサポートしていた。カネ、カネ

カネの現代において純粋に凄い人たちだと言わざるを得ない。武士だ。

菅さんが登壇した。そのスピーチの一部は、ニュースでも大きく報道されたのでここで述べるまでもない。「今が正念場」とのニュアンスを感じたが、軍備なき外交を標榜する我が国の政府に過度に期待しては到底なるまい。相手が狡猾極まりない北朝鮮であるならば尚更だ。どうであれ、この神奈川肉ならぬ神奈川二区(勝手に変換されてしまった、神奈川ビーフ)の官房長官からは誠意が伝わってきた。ぼくに欠けているものだけに、大いに勉強になった。とはいえ、そのSincerityだけでは横田めぐみさんたちは帰ってこないのも事実だ。

金正恩に語りかけた横田早紀江さん

そして早紀江さんがご登壇された。そのお姿をニュースで拝見した読者もいるだろうが、数秒間の映像を切り取って編集後に番組で使われるため全体像を掴めないのがいけない。だからこそ、今回、Team JBとともに作ったショート・ヴィデオはフルにアップロードさせていただいた。

結論からいえば、すべての日本人が横田めぐみさんのお母さんの言葉に耳を傾けるべきだとの一点に尽きる。これまでこれといった支援活動をしてこなかった身としては、偉そうに言える立場にないのは毛頭承知している。そこは反省材料だが、率直な話これまでぼくはどうすればめぐみさんたちの救出に関われるのか、まったく見当がつかなかったのだ。自分に一体何ができるのかわからかなったのだ。いや、現時点でも確信をもっているわけではない。おそらく大半の読者も同じではないだろうか。単なる狼少年の遠吠えというか、言い訳にすぎないといえばそれまでだが、それが偽らざる素直な気持ちだ。そしてそれは同時に、ぼくが「逃げてきた」ことの同義語ともいえる。横田滋さんや早紀江さんたちが戦っていたとき、ぼくは逃げていたのだ。ただおこがましく言わせていただくのならば、いや、ぼくも、あなたも自民党議員も誰もかれもが放置していたわけだ。その間、早紀江さんの美しい髪のカラーは変化し、曽我ひとみさんの夫は天国に召された。

うまくは決して言えない。ただ言えることは、今までのぼくは間違っていたということだ。お調子者のトランプさんと、肥満児のキムさんがシンガポールで会談した今、どんな手段を取ろうとも、いかなる道を外れたマキアヴェリズムに徹しようともわれわれは日本人として同じ日本人を助けるべきではないか。巨人の次期監督がHARAさんになろうとも、EGAWAさんになろうともどうでもいいことだ。ただ、金正恩さんが自分の祖父および父親の代に行われた国家犯罪に対し真摯に向き合い、それを償う気持ちが1mgでもあれば、それはこれまでのMIが、インポッシブルならぬ “Mission Possible” 即ち拉致被害者救出というこれまで考えられなかった筋書きへと180度転換しうるということに他ならない。

早紀江さんはスピーチのなかで、北朝鮮の三代目に真摯に語りかけられた。思えば被害者のご家族たちは、金日成、金正日そして金正恩と三代の最高権力者たちと戦ってきたとてつもない侍たちだ。誇り高き日本人だ。ただもう時間がない。横田滋さんは、胃ろうをされていると少し前に新聞で読んだ。やはり「今」が勝負だ、1秒1秒が。

室町時代の15世紀から16世紀さらには朱印船貿易が行われた頃、我が国の祖先たちは中国王朝、朝鮮そして東南アジア諸国に日本刀を売って外貨を稼いだ。他に類を見ないほど「キレた」からだ。それでは、この21世紀の刀とは何か。情けなくも憲法により軍事力に制約がかけられたままの今、それは日本海のはるか向こうに片手を伸ばし故郷の大地をもう一度踏みたいとの一心で助けをまっている人々を想う力、Imaginationではないだろうか。アインシュタインはかつていった。

Imagination is more important than knowledge.

今こそ日本刀を帯刀しようではないか。