ジャイアン北朝鮮の核ミサイルを迎撃するのは、’ドラえもん ジャパーン’

四月二十五日本日は、北朝鮮軍の創設「85周年」だそうだ。

少なくとも、フジテレビのFNNニュースのサイトにはそう書いてある。ただ、それは嘘ではないか。同国がアメリカ合衆国とソ連の外圧によって人工的に「建国」されたのは1948年、よって小学校の足し算が出来る人であれば、今年は創設69年ということになる。

日本人を無数に拉致しておきながら、しらばっくれる国だ。そんな野蛮国家が発表することを、なぜ我が国のメディアは一考さえせずにそのまま受け止め「85周年」と安易に報道するのだろうか。その相変わらずの思考停止は、強調しすぎることはあるまい。

六度目の核実験ないしはICBM発射を今日、同国が行えばトランプ政権は「何かしらの対応」を取るとほのめかしている。正午12時8分現在、英国BBCが五分前に報じたところによると韓国釜山港に米原子力潜水艦 ‘Michigan’ が入港したとのことだ。キムならぬ‘キムチ正恩’(朝鮮には、フィギュアスケートのキム・ヨナから元大統領のキム・デジュンさらには先日平壌で拘束された米国系韓国人の人物の名前もキムであった。よって、本ブログでは差別化を図るために北独裁者は基本的にキムチ正恩でいこうと思う)が、実験を断行すればトランプによる何かしらの軍事行動は、十分に想定できよう。

 

‘1975年までに米軍の大部分が日本から撤退’

ジミー・チュウならぬジミー・カーター元米国大統領の国家安全保障担当補佐官であり、先のオバマ政権においても指南役として重責を担ったアメリカ合衆国の代表的論客 Zbignew Brezinski (ZB)は、1972年に出版した日本論「ひよわな花・日本」(サイマル出版)の中でこう述べている。

 

「四分の一世紀にも及ぶ対米依存と、それにまつわる複雑な感情からみて、国際的地位の向上を求める日本の努力は、アメリカに対する自己主張へ、さらに潜在的には敵対意識へと逸脱していきかねない。そのうえ、日本は世界的大国とみなされ、遇されたいと願いながら、しかもそのためには何をなさねばならないかを十分自覚するに至っていないために、問題はいっそうややこしくなっている」

今から四十五年も前に書かれた本だが、ZBはすでにその時点で「25年’にも’及ぶ対米依存」との表現を用いその異常性を指摘している。

その三倍の75年、すなわち「四分の三世紀」にも達してしまったその依存体質に、うるさい日本人などは正直唖然とするのだが。

さらに同氏は同著のなかでこうも述べている。若干長いが、引用したい。

 

「日本国民は、1975年には在日米軍は撤退するものと期待しているし、また日本がその時期までに在日米軍基地の大部分を撤去することを(穏便なかたちで)、要求してくるものと予想しなければなるまい。日本当局はその代わりに、基地の共同しようと、米軍の有事即応進駐方式をとることが望ましいとの公式態度をとっているが、ひとたび在日米軍が引き揚げれば、たちまち新しい軍事情勢が自然に生じてくるだろう。その場合、もっと高度な自主防衛体制が必要になることは、まず決定的である」

当時の日本国民が、在日米軍の撤退を期待していたのか。そういう空気は少なくとも多分にあったのだろう。去勢されてしまった今の我々と比較するならば、まだ相当「自分で自分を守れる国」実現への気概があったと考えていい。

ところがキムチ正恩の’核爆走’が、現実味を十二分に帯びている2017年春現在になった今日においても、ZBが警告する日本の自主防衛体制の実現は夢のまたはるか夢なのです。

大丈夫なんですかね、この島国は?!

 

 

のび太に、四次元ポケットを

トランプ政権が、ここに来て「選択肢にはいかなる例外もない」と、平壌への先制攻撃をも排除しないことをほのめかしている最大の理由。それは「アメリカ合衆国本土に北の核兵器があと数年で届くようになる」という危機感以外の何ものでもない。

少なくとも、ぼくが数々の欧米メディアの報道を読む限り、それ以外には考えられません。キムチ側は、すでにシアトルにまで核弾頭をぶち込めると強調しているが、ワシントン側はまだそのレヴェルにまでは到達していないとみている。

いずれにせよ、そう考えると、北朝鮮のNODONGミサイルは射程距離約1300kmとされ、すでに日本全域が射程内。TEPODONGは、さらに射程距離が長いとされ実際に数年前、日本列島を越え太平洋に’着弾’している。

つまりキムチ正恩の脅威は、日本人にとってはまさに現実そのもの。考えたくはないものの三発目の核兵器が、実際に再び我が国に落とされる可能性が今、戦後最大という重大な危機にぼくたちは直面しているわけだ。にもかかわらず、我が国はキムチのミサイルおよび核実験に対し「厳重に抗議する」とか「同盟国である米国と緊密に連絡を取り対処」と声明を出すしかできない。

憲法九条が、我が国の草食化の根源であることを今更ここで指摘するつもりはない。

先にあげたZBの本のタイトルは、「ひよわな花・日本」であった。

確かに、東京の桜という花が散ってしまった今、そして北京に結局は支えられているキムチの脅威が目前に迫った今、あらためて我が国が ‘FRAGILE’ であることを痛感している。ドラえもんでいう、のび太なのだジャパーンは。

言うまでもなく、のび太を守る’ドラえもん’は、アメリカ合衆国。いや、違う。確かに全米でDORAEMONは放送されてはいるが、同国はSUPERMANやSPIDERMANの国だ。そう、アメリカン・スーパーヒーローという言葉が独り歩きしているくらいなのだから。

つまり半永久的にスパイダーマンの庇護に預かるのではなく、日本が自らドラえもんにならねばいけない、そういうことにほかならない。ぼくらにその気概さえないというのは、どういうことだ!? 何も危機を煽ろうというのではなく、その真逆だ。だってこのままではのび太の如く、コロコロコミックを開くたびに「いじめられっ子」の立場に甘んじるんだぜキミ。

JR市ヶ谷駅そばに設置された、何百億ドルもする米国製迎撃ミサイルPAC3とやらに依存するのではなく、ドラえもんなら毅然としずかちゃん(日本人、のこと)を守れる。

4次元ポケットは、弱きを助けるツールの宝庫だ。どこでもドアから、スモールライト。もしもボックスもたまらない。

  1. 朝鮮半島有事が勃発したならば、まずはどこでもドアで邦人を京都の舞鶴港へ瞬時に移動させる
  2. キムチ正恩および北朝鮮軍100万人は、スモールライトで極小化
  3. もしもボックスにうるさい日本人が入り、「もしも憲法九条が改正されて日本が陸海空軍と交戦権のある、自分で自分を守れるフツーの近代国家だったら!」と叫ぶ

 

これによって、東アジアは平和になる。

 

最大の問題は、肥えた草食子羊の群れと化した日本人自身が、のび太のままでいたいと望んでいることではないだろうか。

 

「お〜い、ドラえも~ん!」

 

 

Good Rising!

 

雄乃字

 

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