覇権国家と三島由紀夫の肉汁

かつてジャパーンは、覇権国家であった。

1943年の秋、東京にアジアのリーダー・民族指導者たちが集まった。インド国民軍創始者チャンドラ・ボーズ、ビルマのバー・モウ首相からインドネシアおよびフィリピンの顔まで錚々たる顔触れを’アジア民族の白人からの解放’ という名目のもとで召集するだけの吸引力が、当時のジャパーンにはあった。

その大東亜会議を実務的にアレンジしたのは、他ならぬ重光葵だった。一外務官僚から外相まで登りつめた人物だ。1945年9月2日に、東京湾で降伏文書にサインしたのも他ならぬ彼であった。

今月の上旬、湯河原に足を運んだ際、そこに「重光葵記念館」なるものに偶然遭遇したが、週末しかやっていないらしくその日も閉館していた。

‘覇権国家’ を、英語では’Super Power’ という。74年前のジャパーンは、まさにそうであった。敗戦後、我が国は1951年のサンフランシスコ講和条約において覇権国家として生きる道を放棄した。というかさせられた。「平和国家」として生きていくということを、国際社会に対しプロミスしたわけだ。

ナンノコッチャない、それは戦勝国と敗戦国が「同盟」を組むとかいう、当初から構造の歪んだ東芝子会社・WESTINGHOUSE製の原発のようなアライアンスだった。冷戦後の覇権国家U.S.Aと、「平和国家」ジャパーン。おかげさまで我が国は防衛費を低く抑え驚異的な経済発展を実現したが、その代償として「自分で自分を守れない国」とかいうモノに成り下がってしまった。

そのアメリカ従属下請け工場ジャパーンに絶望し、1970年11月25日に腹を切ったのが他ならぬ三島由紀夫であった。バディビルで鍛えたそのジューシィな肉体は、東京裁判の舞台でもあった市ヶ谷大本営の地で血まみれとなり、桜の如く散った。

今年の1月、初めて訪れたポルトガルの片田舎の古本屋さんで偶然 YUKIO MISHIMA の「愛の渇き」英語版を見つけ歓喜のあまりすぐさま購入。10000キロ以上はるか彼方の宣教師フランシスコ・ザビエルの母国で、三島の葉隠れ精神は生きていた。というのも、現にアラサー風の店主が「ハガクレー ハガクレーノ」とレジ越しに鼻息荒く、うるさい日本人よりもうるさく迫ってきたのだから。

弱体化したアメリカ合衆国51番目の州ジャパーンは、バトミントン部の練習を終えた13才の女子中学生が拉致されることも防げなかった。1977年のことである。国家のために命を捧げた英霊を祀る靖国神社参拝を、外圧に屈しキャンセルしてしまった首相がいた。1985年のことである。自衛隊は違憲である、と連呼していた人物がわざわざ出さなくてもいい「戦後50年謝罪談話」なる意味不明の反省文を世界に発表してしまった。1995年のことである。

2010年、尖閣諸島沖である国の漁船が海上保安庁の巡視船を当て逃げしようとした。にも関わらず、ある「平和国家」のお偉方たちは失禁でもしたのか、その犯人を無罪釈放してしまった。

果たしてこれが、本当に今から74年前に「覇権国家」だったのと同じ国なのだろうか?! 大東亜会議は、その後1955年のバンドン会議へと’進化’ し、その後さらにAPECになった。重光葵に先見の明があったことは、戦後の歴史が証明している。

2017年現在、中国は南シナ海ですでに7つの人工島を建設し軍事基地化してしまった。「覇権国家チャイナ」誕生に向け、彼らは着々と準備を進めている。かたや「平和国家」の方は、ヘンな髪型の肥満児が核実験とミサイル発射という「2つの高級オモチャ」でいくら遊ぼうとも抗議しかできず、しかもその度に「ジャパーンは米国と共にあります」と自力で守れぬあまりママにすがり’共同声明’を出すのみ。

1947年憲法の9条をエクスキューズに、「先制攻撃はできません、爆撃機はもてません」と現実を直視しない某国に、かつての覇権国家の面影は皆無だ。

わたしは反米ではない、単に脱米なだけである。それが米国のためになることも、皮肉にもワシントンが一番知っている。ただもちろんのこと、ジャパーン自らのために脱米が急務であることを、わたしは去年の初夏に横田米軍基地26キロを6時間かけて一周して痛感したのだった。「日本人が立ち入り禁止の東京ドーム157個分の外国の基地」が、なんと首都の東京にあった。異常な大きさであった。

そしてまた、戦後70年経っても横田を拠点に安全保障を他国に任せっきりにしていることを異常と思わない「国」のボケた思考回路であった。ルネッサンスの文筆家マキャヴェリも警告してるぜ諸君、防衛を第三国に依存する国なんて地図から消えるとね。

ちなみに、新たな覇権国家チャイナ誕生前夜の今、逆にアメリカ合衆国はHealthcare改定案1つ通せないトランプ政権の力量不足もあって弱体化は加速する一方。

最悪なシナリオは、米中という2つの覇権国家がジャパーンの頭越しにベッドインする事態だ。アメリカが、the only Superpower だった時代は過去の話だ。我々自身が「平和国家」なる単なる「平和ボケ」からいい加減George Michael のごとく「Wake Up」し9条を改正せねば、そう遠くない将来「覇権国家のオモチャ ジャパーン」が誕生するであろう。

すでに戦前の日本が支配していた南シナ海は、中国共産党支配下へと急速にパラダイムシフトしつつある。四つ脚動物なら何でも食するという肉汁チャイニーズを食い止めるだけの力は、草食ジャパニーズにはもう残っていないかもしれない。核なき世界という理想論を掲げつつも、ワシントンの核の傘に守られて生き延びているという我が国の矛盾したダブルスタンダードの限界が先日の国連核軍縮会議「騒動」で垣間見えた。ご存知の読者もいるだろうが、日本は核兵器廃絶を唱える無数の国々にNOを突きつけたのだから。

偽善を捨てよ、肉を食おう。

覇権国家ジャパーンを今さら目指す必要は毛頭ない。しかし、せめて頭越しにベッドインされぬだけの筋力ビルドアップが急務だ。三島の肉体の如き軍事力が。それぞ平和とアジアの自由のために。ロックのかかっていない家など空き巣やりたい放題ですもの。

にも関わらずTOKYO薄化粧ボスは、半年経っても豊洲市場移転一つ決断できず、永田町とメディアはたかが幼稚園の案件で未だに思考停止。政争の具としてポリテックスを弄ぶ連中がトップに立つとどうなるか、それは今の崩壊寸前1兆円強の損失を出したTOSHIBAが反面教師。

そしてそんなビールっ腹の権力者を選んでいる連中こそ、最大の元凶。そう、キミだよそこにいるレギィンズの君!

あ、ところで安倍晋三小学校ってまだ願書受け付けてます?!

桜が待ち遠しい、うるさい日本人でした。

Good Rising!

雄乃字

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